他阿霊随

From Wikipedia, the free encyclopedia

他阿 霊随(たあ れいずい、明和2年(1765年) - 天保6年12月29日1836年2月15日))は、近世時宗。時宗当麻派本山だった無量光寺第52代住職。号は「南謨」「那謨」。

元々は浄土宗大本山の芝増上寺の僧であったが、無量光寺の依頼により、同寺に入る。参道の脇に徳本名号碑を建てた[1]。俳人でもあり、文化7年(1810年)五柏園丈水の3回忌に追善の句集『遠ほととぎす』を刊行している[2]。その地位にあること26年で文政3年(1820年隠居する[3]。主に隠居後に、相模国中部を中心に、武蔵国南部にかけてまで、「一遍上人五十二代他阿」として他宗派を含む寺院境内や辻に100基にものぼる多数の名号碑を残し、寺勢の隆盛に努めた。

参考文献

  • 座間美都治『当麻山の歴史』(当麻山無量光寺、1974年
  • 樋田豊宏「時宗五十二代名号塔について」(『藤沢市史研究』第16号、藤沢市文書館、1983年
  • 吉野甫「一遍上人五十二代―他阿霊随―」(『ふじの町史研究誌』第3号、藤野町史編さん委員会、1993年
  • 保坂健次「一遍上人五十二代・霊随上人の六字名号塔について」(『寺社と民衆』第6輯、民衆宗教史研究会、2010年

関連項目

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI