仲仙寺古墳群
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遺構
仲仙寺支群は、もとは四隅突出型墳丘墓3基のほかに方墳8基、円墳7基を含み、計18基以上の墳墓からなっていたが[6]、大部分は消滅し、現存して史跡に指定されているのは、四隅突出型墳丘墓の8・9号墳のみである。かつては北端に10号墳、その南30メートルに9号墳、その南20メートルに8号墳があり、他の墳墓は東南側の丘陵にあった[4][7]。
8号墳は未発掘のため主体部については未詳である。9号墳の主体部は墳頂部に南・中央・北の3つの土壙があり、それぞれに組合木棺を納めていた。他に墳丘裾部に3基の箱式石棺があった。墳頂部の土壙は中央がもっとも早く造られ、次いで北、南の順に造られたとみられる。中央土壙は二段に造られ、木棺を納めた上を砂で覆っていた。この土壙からは碧玉製管玉が出土した[4][8]。
失われた10号墳の主体部は、墳頂部に計11の土壙があり、このうち少なくとも8つは切り合っている(「時期の異なる遺構が部分的に重なり合っている」意)。切り合い状況を分析すると、これら土壙の造られた時期は3期に分けられる。他に墳丘裾部にも組合箱形石棺、石蓋土壙などの埋葬施設があった[9]。
宮山支群は、四隅突出型墳丘墓1、前方後方墳2、方墳3、円墳1の計7基からなっていたが、このうち前方後方墳の1号墳は消滅している[4]。
現存各古墳の規模形式等は以下のとおりである[3]。
| 古墳名 | 形式 | 規模(m) | 時代 | 主体部 |
|---|---|---|---|---|
| 仲仙寺支群8号墳 | 四隅突出型墳丘墓 | 11x11.5以上(突出部除く) | 弥生時代後期 | 未調査 |
| 仲仙寺支群9号墳 | 四隅突出型墳丘墓 | 18.6x16.0(突出部除く) | 弥生時代後期 | 土壙3つ、組合木棺 |
| 宮山支群2号墳 | 1号墳に付属 | 古墳時代中期 | 未検出 | |
| 宮山支群3号墳 | 前方後方墳 | 22 | 弥生時代後期 | 未検出 |
| 宮山支群4号墳 | 方墳 | 12 | 古墳時代中期 | 土壙 |
| 宮山支群IV号墳 | 四隅突出型墳丘墓 | 18.8x15(突出部除く) | 弥生時代後期 | 組合木棺 |
| 宮山支群5号墳 | 円墳 | 径10 - 13 | 古墳時代後期 | 未検出 |
| 宮山支群6号墳 | 方墳 | 7.8 | 古墳時代中期 | 土壙 |