仲川利久
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1958年(昭和33年)、日本大学芸術学部卒業後[5]、朝日放送に入社[1]、勝新太郎がテレビドラマに初めて出演した『悪一代』、吉永小百合出演『女人平家』、大佛次郎原作の『天皇の世紀』、山内久司と共に『必殺シリーズ』などを手掛けた[6]。
1972年(昭和47年)より、必殺シリーズ第1作の『必殺仕掛人』から[7]『必殺仕事人III』の13話まで、プロデューサーを担当した。必殺シリーズでは主に撮影所や現場に詰めている事が多かった[6]。
1982年(昭和57年)、バラエティ路線へ方向転換した『必殺仕事人III』より、必殺シリーズのプロデューサー業を朝日放送プロデューサー(当時)の辰野悦央に譲り、編成部へ異動[8]。脚本の選定など、脚本に関わる事は仲川が主に担当していたが仲川離脱後の必殺シリーズの脚本は似たようなストーリーが多くなるなど、作品の質の低下を招いた[9]。朝日放送を退社後はマスコミ専門学校やタレント養成所の講師を務めた。仲川塾を主宰、舞台などを手掛けていた。
2016年(平成28年)にスカパーで放送された、『西部警察』全国キャラバンロケ聖地巡礼の大阪、神戸編にゲスト出演。大阪城で行われた西部警察のイベントの裏話を明かした。
2022年(令和4年)7月10日、慢性心不全のため死去。88歳没[10]。晩年は『仕掛人・藤枝梅安』のテレビドラマ化を企画。製作まで、あと一歩の所まで話が進んだが様々な事情からドラマ化は無くなったという[11]。