伊東貞三 From Wikipedia, the free encyclopedia 伊東 貞三(いとう ていぞう、1929年 - 2025年9月19日)は、日本の医師。内科医。昭和天皇の侍医を務めた。小田原新幹線クリニック院長、小田原循環器病院医療顧問を経て、三宿病院循環器内科勤務。幕末・維新期の蘭方医・伊東玄朴の子孫にあたる。医学博士。 東京都出身。1947年、法政二中卒業[1]。1955年、東京大学医学部卒業[2]。1961年、同大学医学部生物系研究科修業、医学博士。1976年、UCLA留学[3]。 1983年〜1989年、宮内庁に入り昭和天皇及び香淳皇后の侍医を務める[2]。1989年〜2000年、皇太后宮(香淳皇后)侍医[2]。 2001年、勲三等瑞宝章受章[4]。 2000年〜2010年、小田原新幹線クリニック院長[3]。 2010年~ 介護老人保健施設オアシス顧問[3]。 2025年9月19日に死去。96歳没。没後に正四位を追叙された[5]。 エピソード 1987年、昭和天皇は86歳の誕生日後、容態が急変。細くなっていたお身体に「メスを入れるなどとんでもない」という空気のなか「早くオペを」と発言。バイパス手術が施される[6]。なお、がんを患っていた昭和天皇に病名が伝えられることは最後までなかった。 戦時中は工場動員され、日本気化器の工場で飛行機のキャブレターの検査を担当した[1]。 著書 心電図のみかた (1979/231) 医学出版社 高血圧の成因 (1985/2/1) 医学出版社 回想の昭和(2007/2/1) 医学出版社 天然痘に立ち向かった人類の闘い―江戸における伊東玄朴の功績 (2013/5/29) 医学出版社 昭和天皇晩年の想い出(2015/7/1) 医学出版社 昭和天皇とその時代(2017/11/17) 医学出版社 脚注 [脚注の使い方] 1 2 朝日新聞青春スクロール 参照 1 2 3 日本医事新報社 インタビュー参照 1 2 3 経歴参照 ↑ 『官報』号外235号、平成13年11月5日 ↑ 『官報』(国立印刷局)第1576号6頁 令和7年10月27日付 ↑ 日本医事新報社 インタビュー参照 関連項目 加藤健三 : 元皇太后宮侍医長。昭和天皇の最後の侍医団の一人。 この項目は、医療関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:医学と医療、PJ:医学、PJ:歯学)。表示編集 Related Articles