伊東貞三

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伊東 貞三(いとう ていぞう、1929年 - 2025年9月19日)は、日本の医師内科医昭和天皇侍医を務めた。小田原新幹線クリニック院長、小田原循環器病院医療顧問を経て、三宿病院循環器内科勤務。幕末・維新期の蘭方医・伊東玄朴の子孫にあたる。医学博士

東京都出身。1947年法政二中卒業[1]1955年東京大学医学部卒業[2]1961年、同大学医学部生物系研究科修業、医学博士。1976年UCLA留学[3]

1983年1989年宮内庁に入り昭和天皇及び香淳皇后侍医を務める[2]1989年2000年皇太后宮香淳皇后)侍医[2]

2001年、勲三等瑞宝章受章[4]

2000年2010年、小田原新幹線クリニック院長[3]

2010年~ 介護老人保健施設オアシス顧問[3]

2025年9月19日に死去。96歳没。没後に正四位を追叙された[5]

エピソード

1987年、昭和天皇は86歳の誕生日後、容態が急変。細くなっていたお身体に「メスを入れるなどとんでもない」という空気のなか「早くオペを」と発言。バイパス手術が施される[6]。なお、がんを患っていた昭和天皇に病名が伝えられることは最後までなかった。

戦時中は工場動員され、日本気化器の工場で飛行機のキャブレターの検査を担当した[1]

著書

脚注

関連項目

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