伊福部都牟自
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経歴
孝徳朝の(大化)2年(646年)、初めて水依評を設置[4]、それと同時に評督に任ぜられて小智、翌3年(647年)に小黒、同5年(649年)には大乙下の冠位が授けられた。その後、斉明天皇4年に大乙上に叙され、同年正月には水依評を壊して高草郡を設置するが、同年3月11日に死去した。
なお、評・郡の設置年については、『国府町誌』が「意図的に吉祥年を選んで立評の年にあてている」と指摘するように検討の余地があり、高草郡設置に関しても『古志』には「始壊水依評、作高草郡」とあって、水依評がそのまま高草郡になったのか、水依評を法美・邑美の2郡に分け、別に新たに高草郡を設けたのかで説が分かれている。いずれにせよ、もし『古志』に記す高草郡設置が事実であれば、建郡の最古例となる。