東京放送(TBSテレビ)の新人女優の登竜門であった ポーラテレビ小説から演技指導を依頼されたことが契機となり、1979年伊藤正次演劇研究所を四谷に設立。既に活躍している俳優はもちろん、演出家、映画監督、音楽家、彫刻家、写真家、画家、メイクアップアーティスト、学生、野球選手、格闘家等々、ジャンルを超え、国籍を越え、表現者を目指すあらゆる分野の人たちが集まる場となった。1985年スタジオを代々木上原へ移し亡くなる2004年まで、「俳優になるのではなく、人間になりなさい」という命題を掲げ数多くの教え子と向き合った[1][2]。