蘭嵎は博学能文で挙止が端重であった。初めて紀伊藩主(徳川宗直)に伺候し書を講ずる段になって、蘭嵎は沈黙し動かない。周囲の家臣は「貴人に面接するのに慣れていないから緊張しているのだろう」と考え促したが、蘭嵎は応じない。しばらくして口を開き「公、褥に坐す。聖人の書を講ずべからざるなり。」と言ったので、藩主はあわてて褥を片づけさせ講説を聞くと、音吐朗々と弁論鮮やかであったため、居合わせた皆は「真の儒者なり」と嘆賞したという[5]。
蘭嵎は墨絵で蘭を描く事を好んでいたが、60歳頃から「道学先生」の言葉に影響されてこの戯れを断った[6]。「書を善くす」ともいう。