1596年にマリアはキリスト教に入信した。洗礼の折はジュリアが代母を担当した。キリシタンとしての活動は熱心であり、彼女に感化されて彼女の母、祖母、そして実家の大名家の後継ぎがキリスト教に入信したと記録に書かれている。筒井家の後継者は筒井定次であったが、定次は1596年には既に入信していたため、記録を事実とするなら、キリスト教に入信したこの後継ぎとは筒井順定のことだろうと推測されている。[2]
キリシタンとして熱心に活動したマリアだが、1612年、禁教令に触れるところとなり、高山右近らと共にマニラへと配流された。その後はマニラのサン・ミゲル修道院で信仰に余生を費やした。