伊達宗実 (宇和島伊達家) 伊予宇和島藩の世嗣 From Wikipedia, the free encyclopedia 伊達 宗実(だて むねざね)は、江戸時代前期の伊予国宇和島藩の世嗣[1]。 時代 江戸時代前期生誕 慶長17年(1612年)死没 寛永21年7月14日(1644年8月16日)別名 千松概要 凡例伊達宗実, 時代 ... 凡例伊達宗実時代 江戸時代前期生誕 慶長17年(1612年)死没 寛永21年7月14日(1644年8月16日)別名 千松戒名 冷照院月山宗珠官位 左近太夫藩 伊予宇和島藩世嗣氏族 伊達氏(宇和島伊達家)父母 伊達秀宗、井伊直政娘・亀兄弟 宗実、宗時、宗利、菊、萬、鶴松、桑折宗臣、宗純、徳松、宗職、竹松、松、岩松、清、宗則テンプレートを表示閉じる 生涯 初代藩主・伊達秀宗の長男[1]。 秀宗の正室の子で嫡子であったが病弱であったため、寛永14年(1627年)に嫡を辞し、弟・宗時に嫡子の座を譲った[1]。寛永21年(1644年)、父に先立ち33歳で死去した[1]。なお、宗実の早世は和霊騒動による山家公頼の祟りと噂された[2]。 宗実は文化人・教養人として知られ、『源氏物語』を54冊に書写しており[1]、宗実没後は弟・宗利の正室の稲姫(松平光長の娘)によって書き継がれている[3]。 脚注 [1]宇神 2011, p. 72. [2]宇神 2011, p. 63. [3]宇神 2011, p. 73. 参考文献 宇神幸男『宇和島藩』現代書館〈シリーズ藩物語〉、2011年7月。 Related Articles