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伽耶院

兵庫県三木市にある寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

伽耶院(がやいん)は、兵庫県三木市志染町大谷にある本山修験宗の寺院。山号は大谷山(おおたにさん)。本尊は毘沙門天。山伏の寺として知られる[1]。新西国三十三箇所第26番札所。

所在地 兵庫県三木市志染町大谷410
位置 北緯34度48分20.1秒 東経135度03分31.9秒
山号 大谷山(おおたにさん)
概要 伽耶院, 所在地 ...
伽耶院
本堂と多宝塔(ともに重要文化財)
所在地 兵庫県三木市志染町大谷410
位置 北緯34度48分20.1秒 東経135度03分31.9秒
山号 大谷山(おおたにさん)
宗旨 天台宗系修験道
宗派 本山修験宗
本尊 毘沙門天(重要文化財)
創建年 伝・大化元年(645年)
開山 伝・法道仙人
開基 伝・孝徳天皇(勅願)
正式名 大谷山 大谿寺 伽耶院
札所等 新西国三十三箇所第26番
文化財 本堂、多宝塔、三坂明神社本殿ほか(重要文化財)
開山堂(県指定有形文化財)
行者堂、二天門、木造不動明王立像ほか(市指定有形文化財)
公式サイト 伽耶院
法人番号 1140005006110 ウィキデータを編集
伽耶院の位置(兵庫県内)
伽耶院
伽耶院
伽耶院 (兵庫県)
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歴史

当寺の縁起によると、孝徳天皇の大化元年(645年)に法道仙人が仏教を布教するためにこの地に訪れた時、この谷の奥より湧出する清水を見つけ、その中から毘沙門天王像を得たと天皇に奏上した。すると、天皇よりその場所にお堂を建てて安置せよとの勅命があり、伽藍が建立された。これが当寺の始まりであるという[2][1]。以来大谿寺(だいけいじ)と称し、また東一坊(といちぼう)とも称した[2]。

法道仙人は天竺(インド)から雲に乗って日本に飛来したとされる伝説的な人物である。現在の兵庫県南部を中心に法道開基伝承をもつ寺院が点在することから、「天竺から飛来」云々はともかく、モデルとなる山岳修行者が存在したことは想定される。法道開基伝承をもつ他の寺院と同様、当院についても草創の正確な時期や経緯については判然としない。

平安時代中期には数十の堂宇と百三十余の坊舎をもち、花山法皇の行幸があったと記されるなど隆盛を極めた[2]。

天正8年(1580年)に戦われた羽柴秀吉の三木合戦において、当山に別所長治方の陣が置かれたことによって兵火に掛かって大被害を受け[2][1]、次いで慶長14年(1609年)には失火が発生し、城塞のような石垣を残して全山焼失した[2]。現存する堂塔は慶長15年(1610年)以降の諸国大名の寄進によるものである[2]。

延宝9年(1681年)に後西上皇の勅によりインドの仏陀伽耶(ブッダガヤ)に因んで伽耶院と改めた[2]。

中世以降、聖護院末の修験寺院として勢力をもち、江戸時代には天台系山伏を統率する四院家のひとつとして修験界に威をふるった[2]。現在も10月の体育の日には、各地から多数の山伏が参集し、近畿地方では最大の規模を誇る採燈大護摩が行われている[2]。

境内

文化財

重要文化財

  • 伽耶院 3棟
    • 本堂(金堂) 附:宮殿
    • 多宝塔
    • 三坂明神社本殿 附:石燈籠 2基
  • 木造毘沙門天立像 - 平安時代末期。

兵庫県指定有形文化財

  • 開山堂

三木市指定有形文化財

その他

行事

2004年採燈大護摩供
  • 1月1 - 3日 - 修正会
  • 1月15日 - とんど祭り(さぎちょう)
  • 5月8日 - 花祭
  • 8月23、24日 - 万燈会(地蔵盆)
  • 10月第2月曜日(体育の日) - 採燈大護摩供

前後の札所

新西国三十三箇所
25 太山寺 - 26 伽耶院 - 27 鶴林寺

所在地

  • 兵庫県三木市志染町大谷410

アクセス

拝観情報

  • 入山料 - 草ひき十本[10]。
  • 内陣仏像拝観 - (電話要予約)拝観料志納

周辺情報

断層

脚注

関連項目

外部リンク

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