伽藍の鳥籠

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伽藍の鳥籠(がらんのとりかご)は、山本悍右が1940年に発表した写真作品である。1940年8月5日発行の『廣角』II号に、詩「伽藍の傳説」とともに掲載された。受話器と鳥籠を組み合わせた同題の二枚の写真からなり、戦時下の名古屋における山本のシュルレアリスム写真を代表する作例の一つである。[1][2]

本作は『廣角』II号で、詩と写真を併載するかたちで公表された。『廣角』II号の発行日は1940年8月5日である。[2][1]

構成と特徴

掲載時の本作は二枚一組で、第1図では電話の受話器が鳥籠の内側に置かれ、第2図では受話器が鳥籠の外側に置かれている。鳥籠と受話器の組み合わせは、1930年代日本におけるシュルレアリスム・オブジェの議論やサルバドール・ダリの電話機の図像との関係のなかで論じられている。[1]

また、本作は、写真が構成されたオブジェを記録する山本の方法を示す作例としても位置づけられている。鳥籠は、受話器を閉じ込めるモティーフであると同時に、被写体が枠の中に取り込まれるという山本の写真観とも結びつけて読まれている。[3][1]

解釈と位置づけ

本作は、批判的思考や発話の沈黙化をめぐる作品としても論じられている。受話器と鳥籠の組み合わせは、言論統制や拘束のイメージと結びつけて読まれ、戦時下の日本社会における抑圧のもとで展開された山本のシュルレアリスム写真を考えるうえで重要な作例とされる。[1][3]

同年10月に『VOU』30号に掲載された《風景》では、切り離された受話器のモティーフが再び用いられた。これにより、《伽藍の鳥籠》は、1940年前後の山本作品に繰り返し現れる「鳥籠とコミュニケーション」の主題の一環として位置づけられる。[1][2]

所蔵・関連作

脚注

参考文献

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