住吉本町 (神戸市)
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地価
歴史
旧・住吉村域(住吉地区)の阪急神戸線以南・JR東海道本線以北に相当する。昭和60年(1985年)に住吉町垣内・九郎佐衛門新田・反高林・中島・古寺・坊ヶ塚・宮西・宮東・守堂・雨ノ神・牛神前・小原田・垣添・室ノ内・牛神・牛神東・観音林・小阪山・小林・堂ノ本・新堂の各字と御影町郡家の一部が住居表示実施して誕生した。
地名の由来
住吉町垣内の垣内とは所謂宮垣内で神領地として垣をめぐらせたところ。
九郎左衛門新田は庄屋の九郎左衛門の開発した2つの新田―享保10年(1725年)・巳年の巳新田と、その後寅年にできた上手の寅新田を合わせて開発者の名を冠した。
住吉川沿いにある反高林とは土地が粗悪で収穫があてにできないため反別だけ測定し極軽い税が掛けられた“反高場”であった林であった場所。
守堂は吉田定房の三男・幸麿が堂守りしていた薬師堂があったといわれる。
小原田は『住吉村誌』によれば古図には「小原台」となっているという。
室ノ内は、落合重信の説では菟原郡の郡衙があった場所であり、隣に郡家という地名(現・御影郡家)があるが、郡家とは郡の役所のある集落全体を指す語であり、郡衙の所在地には「館」の古語である「ムロツミ」の転訛した室の内を充てるべきとする。
