佐々木つくし
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受賞歴
- 2015年 - 第17回日本演奏家コンクール 弦楽器部門中学校の部 第1位、併せてテレビ神奈川賞受賞[5]
- 2016年 - 第10回ベーテン音楽コンクール 弦楽器部門高校の部 第1位[5]
- 2017年 - 第18回洗足学園ジュニア音楽コンクール 高校の部最優秀賞、弦楽器部門グランプリ受賞[5]
- 2018年 - 第87回日本音楽コンクール ヴァイオリン部門 第2位。併せて岩谷賞(聴衆賞)、黒柳賞を受賞[1]
- 2020年 - 第18回東京音楽コンクール 弦楽部門 第2位[1]
- 2023年 - 第8回アンリ・マルトー国際ヴァイオリンコンクール ファイナル進出[4]
- 2024年 - 第75回プラハの春国際音楽コンクール ヴァイオリン部門 第1位(日本人としては玉井菜採に次ぐ2人目の受賞)。併せてプラハ市賞、チェコラジオ賞、ベーレンライター賞、Viktor Kalabis and Zuzana Růžičková Prize賞など5つの特別賞を受賞[1]
- 2025年 - メンデルスゾーン・全ドイツ音楽大学コンクール 第1位[1]
キャリア
ソリストとして、国内では東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、京都市交響楽団、藝大フィルハーモニア管弦楽団など主要オーケストラと共演を重ねている[1]。
海外での活動も目覚ましく、2024年の第75回プラハの春国際音楽コンクール優勝の副賞として、第80回プラハの春国際音楽祭「デビュー」公演(スメタナ・ホール)に出演。プラハ放送交響楽団とプロコフィエフの『ヴァイオリン協奏曲第1番』を共演し、大きな喝采を浴びた[1][6]。その他、プラハ・フィルハーモニア、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、ホーフ交響楽団などとも共演している[1]。
室内楽分野では、大学の同級生と弦楽四重奏団「アーテム・カルテット」を結成し、積極的な演奏活動を行っている[7]。
人物・音楽性
3歳の時に、母親が音楽教室でヴァイオリンを習い始めたことに興味を持ち、自身もヴァイオリンを始めた。その後、母親は自身のヴァイオリンを辞めて娘のサポートに徹するようになり、佐々木は「今まで気持ちよく音楽を続けて来られたのは、両親の厚いサポートのおかげ」と感謝を述べている[7]。「つくし」という名前は、全力を「尽くす」ことに由来しており、本人も「この名前の持つ意味に何度も勇気づけられた」と語っている[7]。
演奏においては、「楽譜に忠実でありながら、演奏家としての魅力も発揮すること」を目標に掲げている[7]。大学時代から同級生と組んでいる弦楽四重奏「アーテム・カルテット」での活動を通じて、音楽的なイメージを言語化して相手に伝える経験を積み、想像力を持って音楽と接するようになったという[8]。将来の夢として「生涯現役の音楽家であり続けること」を挙げ、ソロ、室内楽、オーケストラなどあらゆる形態で存在感のある音楽家になるため、自身の芯を持ちつつも柔軟でありたいと語るほか、自身が恩師から受けたような後進への指導にも意欲を見せている[7][9]。
表現の幅を広げる上で、師である玉井菜採から「常に美しい音じゃなくてもいい」と助言されたことが大きな転機となった。音楽は人間のあらゆる感情を包容しているため、時には絶望的で響きのない音や金属的な音があっても良いと気づき、音に対するイマジネーションが一気に膨らんだと述懐している[2]
評価
2025年7月に日本製鉄紀尾井ホールで開催された「紀尾井 明日への扉」でのデビュー・リサイタルにおいて、音楽評論家の秋元陽平は佐々木の演奏を高く評価している[10]。
秋元は、わかりやすい技巧をひけらかすのではなく「ひそやかな歌心」で勝負できる稀有な若手ヴァイオリニストであると称賛し、特にプーランクのヴァイオリン・ソナタにおいて「ため息のような旋律の数々を、力むことなくそっとひびかせる」と評した[10]。
また、共演したピアニストの秋元孝介と「フィギュアスケートのデュオのように」駆け引きを伴う動的な対話をつくりだし、楽器の響きを損なうことのない「歌の美しさへのこだわり」がシューベルトの『幻想曲』など選曲の隅々にまで現れていたと言及している[10]。秋元は、歌の本質に向き合うことを余儀なくされる挑戦的なプログラムを見事に弾ききった点から、佐々木に対して「音楽家としての構えの大きさ」を感じさせると絶賛した[10]。