佐伯広足

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生誕 不明
死没 不明
官位 直広肆
 
佐伯広足
時代 飛鳥時代
生誕 不明
死没 不明
官位 直広肆
主君 天武天皇
氏族 佐伯宿禰
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佐伯 広足(さえき の ひろたり)は、飛鳥時代貴族、のち宿禰冠位は直広肆。

天武天皇4年(675年美濃王と共に竜田の立野(現在の奈良県生駒郡三郷町立野)に遣わされて、風神を祭った(この時の冠位小錦下[1]。天武天皇10年(681年)7月、遣高麗大使に任ぜられ、小使・小墾田麻呂と共に報徳国高句麗復興を目指す亡命政権)に派遣される。9月に帰国するが、翌天武天皇11年(682年)再び高麗に派遣される[2]

天武天皇13年(684年八色の姓の制定により、連姓から宿禰姓に改姓。天武天皇14年(685年国司郡司や百姓の様子を確認するために各道に巡察使が派遣されると、広足は筑紫巡察使となった(この時の冠位は直広肆)。

官歴

脚注

参考文献

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