高句麗

古代朝鮮の王朝 From Wikipedia, the free encyclopedia

高句麗(こうくり、コグリョ、朝鮮語: 고구려紀元前1世紀頃 - 668年10月22日[1])または高麗(こま、こうらい、コリョ、朝鮮語: 고려)は今の大韓民国北部、朝鮮民主主義人民共和国から満洲の南部にかけての地域に存在した国家。最盛期には朝鮮半島の大部分、中国東北部南部、ロシア沿海地方の一部を支配した。朝鮮史の枠組みでは同時期に朝鮮半島南部に存在した百済新羅とともに朝鮮の三国時代を形成した一国とされる。

概要 高句麗, 公用語 ...
高句麗
高句麗・高麗
고구려・고려
高句麗の位置
476年頃の高句麗(高麗)と周辺諸国
公用語 高句麗語
漢文
首都 卒本城
丸都城(3年 - 427年
平壌城427年 - 668年
国王
前37年? - 前19年? 東明聖王
391年 - 413年 広開土王
642年 - 668年 宝蔵王
宰相
642年 - 664年 淵蓋蘇文
666年 - 667年 淵男建
変遷
成立 紀元前1世紀
楽浪郡を征服 313年
仏教伝来 375年
朝鮮半島への勢力拡大 5世紀
平壌に遷都 427年
隋・高句麗戦争 598年 - 614年
唐・高句麗戦争 644年 - 668年
新羅の連合軍により滅亡 668年10月22日
現在 中華人民共和国の旗 中国東北部[1]
朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
大韓民国の旗 韓国[2]
ロシアの旗 ロシア沿海地方[3]
先代 次代
  1. ハサン地区ナジェジジンスコエ地区、ウスリースク地区、オクチャブリスキー地区、ポグラニチニ地区の一部
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ハングル 고구려 (고려)
漢字 高句麗 (高麗)
発音 コグリョ (コリョ)
日本語読み: こうくり (こうらい)
概要 高句麗 (高麗), 各種表記 ...
高句麗 (高麗)
各種表記
ハングル 고구려 (고려)
漢字 高句麗 (高麗)
発音 コグリョ (コリョ)
日本語読み: こうくり (こうらい)
RR式 Goguryeo (Goryeo)
MR式 Koguryŏ (Koryŏ)
拼音 (Gāogōulí) Gāolí
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三国史記』の伝説によれば、初代王の朱蒙(東明聖王)が紀元前37年に高句麗を建てたとされるが、文献史学的にも考古学的にも高句麗の登場はこれよりもやや古いと見られている。の支配から自立し、3世紀以降、魏晋南北朝時代の中国歴代王朝や夫余(扶余)、靺鞨、百済、新羅、など周辺諸国と攻防を繰り広げ、5世紀には最盛期を迎えた。高句麗は東アジアで大きな影響力をもったが、589年に中国が統一され南北朝時代が終焉を迎えると、統一王朝のから繰り返し攻撃を受けた。高句麗は長らくこれに耐えたが、660年には百済が唐に滅ぼされ、新羅も唐と結んだことで南北から挟まれた。そして国内の内紛に乗じた唐・新羅の挟撃によって668年に滅ぼされ、唐に吸収されて安東都護府が設置された。

名称

歴史

年表

言語

文化

周辺諸国との関係

王権と王系

官制

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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