佐伯理一郎
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文久2年3月5日、肥後国(後の熊本県)に生まれる[1]。佐伯清次郎の長男[2][4]。
1878年、県立熊本医学校に入学。1882年7月、熊本医学校卒業[5]。上京し、東京大学で外科ユリウス・スクリバ、内科エルヴィン・フォン・ベルツ、眼科梅錦之丞 の指導をうける。1884年、海軍軍医補(横須賀海軍病院)。組合教会系のクリスチャンの佐伯はこの頃、アメリカンボードの宣教医セオダー・ギューリックに出会い、教会の設立に関わることになった。佐伯らはフェリス女学院のリラ・ウィン宣教師に協力を要請し、1886年7月15日に井深梶之助、和田秀豊、伊藤藤吉らにより横須賀日本基督一致教会(現・日本キリスト教会横須賀教会)が設立され[6]、伊藤藤吉が初代牧師に就任する。
1886年から1891年まで、ペンシルベニア大学にて、産科をパンロース教授、婦人科をグーデル教授に学ぶ。米国では日本人留学生の世話をしていたウォルター・モリス宅の夕食会に、内村鑑三、新渡戸稲造らと共に列席した[7]。1888年、渡欧。ミュンヘン大学でウインケル教授に学び、ライプツィヒ、ベルリン、エディンバラを歴訪する。グラスゴーで建造された軍艦千代田に乗り帰国する。海軍軍医学校は産婦人科は設置されないので退官した。1891年、京都同志社病院長。付設京都看病婦学校にて産科を講義。
人物
家族・親族
著書
- 『日本女科史』 1901年
- 『京都看護婦学校五十年史』 1936年
- 『佐伯式長寿法』 1936年
- 訳書:『普通看病学』 ビルロート、1895年
- 訳書:『戦時平時救急看護法』 シュロエデル、1895年、1898年