佐古田堂山古墳 From Wikipedia, the free encyclopedia 佐古田堂山古墳(さこたどうざんこふん[1]/さこだどうやまこふん[2]、坂古田古墳)は、岡山県岡山市北区平山にある古墳。形状は前方後円墳。岡山県指定史跡に指定されている(指定名称は「坂古田古墳」)。 別名 坂古田古墳所在地 岡山県岡山市北区平山位置 北緯34度41分41.05秒 東経133度49分51.78秒形状 前方後円墳概要 佐古田堂山古墳, 別名 ...佐古田堂山古墳 墳丘(右に後円部、左に前方部)別名 坂古田古墳所在地 岡山県岡山市北区平山位置 北緯34度41分41.05秒 東経133度49分51.78秒形状 前方後円墳規模 墳丘長150m高さ12m(後円部)築造時期 5世紀代史跡 岡山県指定史跡「坂古田古墳」地図 佐古田堂山古墳テンプレートを表示閉じる 750 m 佐古田堂山古墳 小盛山古墳 古墳の位置 概要 岡山市西部に位置する丘陵の先端部に築造された大型前方後円墳である[2]。 墳形は前方後円形で、前方部を北方に向ける。墳丘は2段築成[1]。墳丘外表で葺石・埴輪の存在は明らかでなく、須恵器が採集されるのみであるが、この須恵器も古墳との関連は明らかでない[1]。後円部の周囲にはかつて古墳6基が存在しており、それらについては1961年(昭和36年)に発掘調査が実施されている[2][3][1]。 築造時期は、古墳時代中期の5世紀代と推定される[4]。吉備地方の首長墓としては小盛山古墳(円墳としては全国第3位)に後続し、造山古墳(全国第4位の巨大古墳[5])に先行する首長墓と想定される[1]。 古墳域は1959年(昭和34年)に岡山県指定史跡に指定されている(指定名称は「坂古田古墳」)[4]。 遺跡歴 1959年(昭和34年)3月27日、「坂古田古墳」として岡山県指定史跡に指定。 1961年(昭和36年)、周辺古墳の発掘調査。 墳丘 墳丘の規模は次の通り[1]。 墳丘長:150メートル 後円部 - 2段築成。 直径:88メートル 高さ:12メートル 前方部 - 2段築成。 長さ:70メートル 文化財 岡山県指定文化財 史跡 坂古田古墳 - 1959年(昭和34年)3月27日指定[4]。 脚注 [脚注の使い方] [1]佐古田堂山古墳(岡山市シティミュージアム「岡山市の文化財探訪」)。 [2]岡山県の地名 1988. [3]日本古墳大辞典 1989. [4]坂古田古墳(岡山県「おかやまの文化財」)。 [5]古墳大きさランキング(日本全国版)(堺市ホームページ、2018年5月13日更新版)。 参考文献 (記事執筆に使用した文献)「佐古田堂山古墳」『岡山県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系34〉、1988年。ISBN 4582490344。 出宮徳尚「佐古田堂山古墳」『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607。 関連項目 造山古墳 外部リンク 坂古田古墳 - 岡山県「おかやまの文化財」 佐古田堂山古墳 - 岡山市シティミュージアム「岡山市の文化財探訪」 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks