秋田県士族・竹田富之助[注釈 1]の二男として生まれる[1][5]。佐竹西家の当主で兄・佐竹義度(富之助長男)の死跡を相続し、1914年(大正3年)4月23日、男爵を襲爵[1][5][6]。その後、義履と改名した[5]。
1924年(大正13年)東京農業大学大学部を卒業[2][5]。1929年(昭和4年)帝室林野局技手に就任[2][5]。その後、1944年(昭和19年)3月10日に同技師に就任した[7]。
同月30日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[8]、公正会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで1期在任した[2]。