佐藤六朗
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福島県立安積高等学校を卒業し上京、1950年、芝浦工業専門学校(現、芝浦工業大学)[2]卒業。
薬品会社に就職するが会社が倒産。郡山市にもどり実家のうなぎ屋の手伝いをしながら、福島民友、福島民報のマンガ欄や『アサヒグラフ』の漫画学校などに投稿する[3]。
1955年10月に再び上京。加藤芳郎の世話で「漫画集団」に参加[4]する。1959年、文藝春秋社の『漫画読本』に掲載した「動物記」で文藝春秋漫画賞の候補となる。同年、『漫画サンデー』にて「ゆるふん太平記」を連載する。以後、雑誌、新聞の連載漫画や挿絵や一コマ漫画で多数活躍する。1967年、「かばぁ・ガール」で再び文藝春秋漫画賞で候補となる。
ナンセンスな笑いの漫画を得意とし、主人公に動物を擬人化した動物漫画が多い。日本漫画家協会、漫画集団[3]に所属、日本漫画家協会の名誉会員であった。
この他、テレビ番組『スターどっきり㊙報告』で、オープニングにレポーターが内容を紹介する際のボードのイラストも担当していた。
2025年1月5日死去。96歳没[1]。