俊龍寺 From Wikipedia, the free encyclopedia 俊龍寺(しゅんりゅうじ)は、山口県山口市天花に存在する曹洞宗の寺院。 寺院の創建は室町時代であり、開基は大内教弘とされる[1]。大内氏の家臣・弘中氏の菩提寺となる[1]。当初の名は、献珠院であった[1]。 慶長2年(1597年)、足利義輝や慶寿院の三十三回忌に際し、同年に足利義昭も死去したことを受けて、毛利輝元は家臣の柳沢元政に対し、それらの法会を執行するように命じた[1]。元政はそれらの法会に際し、塔婆(供養塔)を建てた[1]。これらは、「足利義輝等供養塔」として山口市指定有形文化財となっている。 慶長3年(1598年)、豊臣秀吉が死去すると、輝元は元政に命じて、供養塔である五輪塔を立てさせた[1]。その塔には、防州山口俊龍山献珠院と刻まれた[1]。こちらも同様に、「豊臣秀吉供養塔」として山口市指定有形文化財となっている。 慶長18年(1613年)、秀吉の神号「豊国」を山号とし、法名の国泰寺殿雲山俊龍大居士からとって、俊龍寺と改めた[1]。 その後、俊龍寺は柳沢氏の菩提寺とされ、代々の当主の墓も建てられている[1]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『山口県寺院沿革史』 関連項目 毛利氏 柳沢氏 Related Articles