俵屋旅館
From Wikipedia, the free encyclopedia
創業は元禄の後の宝永年間。石見国浜田(現・島根県浜田市)の太物問屋、俵屋和助が現在の地、麩屋町通姉小路上ルの土地を取得。元来の織物を扱う太物問屋の傍らで、故郷から京に上ってきた人々を泊めるようになり、次第に宿を本業とするようになったといわれています。
江戸時代には「寄宿」と呼ばれる藩士を泊める高級旅館として一般の旅客が宿泊する「旅籠屋」とは区別され、明治時代以降は元・公家や大名、あるいは明治政府の重鎮の諸家が名簿に名を連ね、現代も国内外の貴賓に多くお越しいただいている。
沿革
交通アクセス
逸話
- トミー・リー・ジョーンズ - 1999年に俵屋旅館が火事になったとき、偶然宿泊していた。鎮火後に「火事が消えたのならあの部屋に戻りたい」と言い出したとされる[4]。


