倉橋泰吉

From Wikipedia, the free encyclopedia

倉橋 泰吉(くらはし やすよし、慶長4年2月26日[1]1599年3月22日) - 寛文10年9月17日[2]1670年10月30日))は、江戸時代前期の日本公卿。安倍姓倉橋家初代。

土御門久脩の次男として誕生。慶長17年12月13日、14歳で元服し、同日に蔵人となり、左近衛将監に任官される。このとき、倉橋と号して倉橋家を創設したという。家号は遠祖・安倍倉梯麻呂にちなんだとされる。

慶安2年正月12日(1649年2月23日)には、同月5日に従三位に叙された位記を賜う。これによって公卿入りを果たした。このとき51歳である。翌月には民部卿となり、9年間務めた。寛文10年(1670年)、72歳で薨去した。

官歴

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI