備後史談

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備後史談』(びんごしだん)は、かつて備後郷土史会が発行していた月刊歴史雑誌。

発刊までの経緯

備後地方の郷土史に関する研究・史料を紹介した。1925年大正14年)1月から毎月発行され、1944年昭和19年)6月の第20巻6号まで継続した[1]。読者からの投稿を編集者である郷土史家の得能正通と濱本清一がまとめるという形をとった。発行当初の定価は本体25銭、郵税5厘、年間講読料では3円であった。戦時下の用紙統制により発刊できなくなり廃刊[2]。戦後、郷土家村上正名が疎開中の得能正通を訪問した際、「心ならずも『備後史談』を休刊し、郷土史会も休止のやむなきに至っているので、ぜひ時を得て再開してくれ」と手持ちの整本を託された[2]

1970年(昭和45年)に芸備郷土誌刊行会より限定復刻版(非売品)が発行された[3]

創刊1周年を迎えた第一巻第十二号に掲載の得能正通による回顧録によると、当初の雑誌名は『備後郷土史壇』、目的を「専ら郷土の史跡名区山川池海方物土産習俗慣例偉人傑士の事蹟、沿革、現勢を調査研究し、または説明発表せんがため」とし、1924年(大正13年)11月27日付に内務大臣若槻禮次郎に出願。同年12月11日付で出版許可を得た。諸事情により雑誌名を『備後史談』に変更する旨を12月14日付で届出。続けて1925年(大正14年)1月6日付で広島逓信局に対し第三種郵便物の出願を行い、同月21日付けで2月15日発行の第2号から第三種郵便物として認可された。第1号は郵便物認可を待たずに1月15日付で出版されたため、郵送の場合は第四種郵便物として扱われた。

内容

著名な郷土史家による研究が数多く掲載され学術性が高い。また個人所蔵の文献・資料や新聞に掲載された郷土史関連記事も数多く収集されている。備後の景勝地についての漢詩や和歌の作品、郷土史家動静の記事もあった。

投稿規定は第2巻までは「備後郷土史に関するものは何でも差支えなし。」とされた。第3巻からは「一 内容は備後郷土史に関するものたること」および「二 種類は、研究発表、史料提供(棟札、石碑、過去帳、古文書等)、探史紀行、読後感想、質疑応答、其他」と具体的な表現に変更された。

主な著者

脚注

参考文献

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