克軍寺

香川県高松市にある天台宗の寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

克軍寺(こくぐんじ)は、香川県高松市にある天台宗寺院。山号は巖松山(がんしょうざん)。詳しくは、巖松山 本門寿院 克軍寺と称する。本尊は薬師如来

位置 北緯34度20分21.6秒 東経134度1分49.6秒
山号 巖松山
(巌松山)
醫王山(旧称)
院号 本門壽院
延壽院(旧称)
概要 克軍寺, 所在地 ...
克軍寺
所在地 香川県高松市西宝町二丁目4番4号
位置 北緯34度20分21.6秒 東経134度1分49.6秒
山号 巖松山
(巌松山)
醫王山(旧称)
院号 本門壽院
延壽院(旧称)
宗旨 天台宗
本尊 薬師如来
創建年 天長9年(832年
開山 円珍
正式名 巖松山本門寿院克軍寺
別称 醫王山延壽院金剛寺(旧称)
法人番号 7470005000165 ウィキデータを編集
克軍寺の位置(香川県内)
克軍寺
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概要

院室である本門寿院(ほんもんじゅいん)の名でも呼ばれる。境内には小堀遠州の作庭と言われる「亀鶴の庭」や、高松藩松平家の女性たちが茶会の名目で密かに信仰していた「切支丹燈籠」がある。

歴史

天長9年(832年)、円珍により医王山延寿院金剛寺として開山し、円珍作の薬師如来を安置した。

慶安5年(1652年)には高松藩初代藩主松平頼重が、当寺境内に徳川家康を祀った新たな社殿を建立したが、この御神体は文化12年(1815年)、高松藩第8代藩主松平頼儀によって讃岐東照宮屋島神社)に移されている[1]

1904年(明治37年)には境内裏山に新四国庵を創設し、そこに1909年(明治42年)から1915年(大正4年)にかけてミニ四国八十八箇所を開創している。しかし寺は1945年(昭和20年)7月4日の米軍による無差別絨毯爆撃高松空襲」によって全焼し、諸堂・庫裡などが全て失われた。そこで失われた本堂は1956年(昭和31年)に再建されている。

アクセス

関連項目

  • 屋島神社

参考文献

外部リンク

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