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入船亭扇海

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本名川﨑(かわさき) 博之(ひろゆき)
関川(せきかわ) 博之(ひろゆき)
生年月日1952年3月22日
没年月日 (2025-02-15) 2025年2月15日(72歳没)
入船亭(いりふねてい) 扇海(せんかい)
Irifunetei Senkai
入船亭(いりふねてい) 扇海(せんかい)Irifunetei Senkai
入船亭扇海定紋「つたの葉」
本名 川﨑(かわさき) 博之(ひろゆき)
関川(せきかわ) 博之(ひろゆき)
生年月日 1952年3月22日
没年月日 (2025-02-15) 2025年2月15日(72歳没)
出身地 日本の旗 日本・東京都足立区
死没地 日本の旗 日本・東京都
師匠 九代目入船亭扇橋
名跡 1. 入船亭扇たく
(1978年 - 1981年)
2. 入船亭扇海
(1981年 - 2025年)
出囃子 乗合船
活動期間 1978年 - 2025年
所属 落語協会
公式サイト 勝浦らくご館

入船亭 扇海(いりふねてい せんかい、1952年〈昭和27年〉3月22日 - 2025年〈令和7年〉2月15日)は、落語家。本名∶関川 博之。落語協会会員。出囃子は『乗合船』。東京都足立区出身。

東京都立江北高等学校を卒業後ミュージシャンを志し、ベーシストとしてビッグバンドに所属。海外渡航後に落語に触れたことで落語家の道に入る。

1976年に九代目入船亭扇橋に入門。翌々年前座となる。前座名は扇たく。

1981年、古今亭菊枝と共に二ツ目昇進。扇海となる。

1993年に古今亭菊寿、柳家喜多八、三遊亭若圓歌、三代目入船亭扇蔵、四代目柳亭市馬、柳家さん生、柳家はん治、全亭武笙、桂ひな太郎と共に真打昇進。

父親の生まれた千葉県勝浦市に移住。自宅周辺を落語とジャズの楽しめるライブハウスに改装した(自身の病気療養のため、一度転居・移転している)。また、同市にて年に数回開催される「勝浦落語会」をプロデュースしている[1][2][3]。

58歳の時、ステージ4の膵臓がんで余命半年と診断された。3度にわたる手術で膵臓、肝臓の一部、十二指腸の全部を切除しているほか、開腹手術に備え、心臓の冠動脈の手術とカテーテル治療も行っている。以降も抗がん剤や重粒子線治療なども行い、地元での落語会と並行して通院していたという[4]。

2025年2月15日0時、膵臓がんのため東京都の病院で死去した[5]。72歳没。寄席最後の出演は2007年12月9日の黒門亭(上野の落語協会事務所2階で行われる定席寄席)となった[6]。

芸歴

弟子

出典

外部リンク

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