八坂神社 (飯能市下直竹)
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位置
北緯35度50分30.6秒 東経139度16分26.2秒 / 北緯35.841833度 東経139.273944度座標: 北緯35度50分30.6秒 東経139度16分26.2秒 / 北緯35.841833度 東経139.273944度
主祭神
誉田別尊
社格等
村社
| 八坂神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県飯能市下直竹175 |
| 位置 | 北緯35度50分30.6秒 東経139度16分26.2秒 / 北緯35.841833度 東経139.273944度座標: 北緯35度50分30.6秒 東経139度16分26.2秒 / 北緯35.841833度 東経139.273944度 |
| 主祭神 | 誉田別尊 |
| 社格等 | 村社 |
| 創建 | 不詳 |
創建年代は不明である。かつて当地には曹洞宗の長光寺の隠居寺の「カンショウ院」(漢字は不詳)と呼ばれる寺があった。また江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』には、当社のことは記されていない。一方、社伝によれば、かつては「牛頭天王」と称していたという。これらのことから、カンショウ院は従来より牛頭天王を祀っており、その後の明治初期の神仏分離によって、カンショウ院は廃寺となり、祭神を牛頭天王から建速須佐之男命に変更して「八坂神社」に変更したものと推測される[1]。
1872年(明治5年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられた。1884年(明治17年)、当時の高麗郡下直竹村にちなみ「直竹神社」に改称した。1907年(明治40年)の神社合祀により、周辺の7社(摂末社含む)が合祀された。その時に、旧下直竹村が合併した入間郡南高麗村にちなみ「南高麗神社」に改称した。1951年(昭和26年)、南高麗村は飯能町に合併されたのを機に、「八坂神社」の旧称に復した[1]。