八島祥司
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市立柏高では3年夏に県大会準優勝を果たす。1988年オフにドラフト外でロッテオリオンズに入団。
プロ入団時には、すでにフォークをマスター済みで「秋山、清原からフォークで連続三振を奪うのが夢」と抱負を語っていた。
2年目の1990年8月3日に初めて一軍登録され、その日の6回裏一死2,3塁のピンチでベンチに座っていたところ、金田監督から「お前行けるか」と登板を命じられてプロ入り初登板を果たす[1]。急遽ベンチ裏からグラブを取り出してキャッチボールをしただけでの登板だった[1]が、ピンチを抑えて1回2/3を投げた後に、チームが逆転してプロ入り初勝利を挙げる。さらに同月19日にはプロ初先発を果たすが、先頭から2者連続安打を打たれた時点で交代させられ、プロ唯一の敗戦を喫した。1993年限りで現役を引退。オーバースローの本格派で、カーブ、シュート、フォークといった変化球のキレも良く制球力もあるが、決め球不足だった。
引退後もロッテに残り、2009年まで打撃投手を務めた後、2010年からスコアラーを務めている。同郷でチームメイトだった小宮山悟の引退試合では小宮山に花束を渡した。 その後は埼玉西武ライオンズでスコアラー。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1990 | ロッテ | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | -- | .500 | 41 | 9.0 | 13 | 3 | 2 | 0 | 2 | 4 | 0 | 0 | 10 | 10 | 10.00 | 1.67 |
| 1991 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 37 | 7.2 | 9 | 0 | 6 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1.17 | 1.96 | |
| 通算:2年 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | -- | .500 | 78 | 16.2 | 22 | 3 | 8 | 0 | 2 | 8 | 1 | 0 | 11 | 11 | 5.94 | 1.80 | |
記録
- 初登板・初勝利:1990年8月3日、対オリックス・ブレーブス15回戦(グリーンスタジアム神戸)、6回1死から3番手で救援登板、1回2/3無失点
- 初先発登板:1990年8月19日、対オリックス・ブレーブス19回戦(札幌円山球場)、0/3回1失点
背番号
- 65 (1989年 - 1993年)
- 103 (1994年 - 2009年)