八戸直義
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略歴
慶長6年(1602年)、八戸氏の重臣・新田政広の嫡男として誕生。
慶長19年(1614年)、八戸氏20代当主・八戸直政が急死し、妻である清心尼が21代当主となったが、元和6年(1620年)彼らの次女・愛との婚姻で婿養子となることで22代当主・八戸弥六郎直義を名乗る[1]。以後、南部宗家である三戸南部家の筆頭家老として仕える。
寛永4年(1627年)3月、南部利直の命により、八戸から遠野へ国替(移封)させられ、荒廃していた遠野を義母・清心尼と共に整備していった。後に直栄と改名する[2]。
なお、八戸氏は八戸の根城を拠点としていたため、根城南部氏とも呼ばれるが、遠野への国替を期に遠野南部氏とも呼ばれるようになる。