八馬幹典
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正強高等学校(現:奈良大学附属高等学校)から、青森大学へ進むと3年秋には明治神宮大会出場。4年時に大学選手権ベスト8[1]。三菱自動車京都では1年目に都市対抗野球出場[2]、1998年には日本代表候補となり、1999年のドラフト8位で横浜ベイスターズに入団。
俊足とシュアな打撃を買われていたが、一軍出場は果たせぬまま、2002年に戦力外通告を受けて引退した。
引退後は湘南シーレックスのマネージャーとなり、一軍のサブ・マネージャーを経て、横浜DeNAベイスターズのスカウトを務める[3][4]。
担当選手は三上朋也、柿田裕太、倉本寿彦、戸柱恭孝、京山将弥、東克樹、神里和毅、宮本秀明、齋藤俊介、伊勢大夢、宮城滝太、入江大生、石川達也、徳山壮磨、三浦銀二、橋本達弥など。