橋本達弥
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プロ入り前
神戸市立木津小学校1年時に野球を始め、神戸市立桜が丘中学校では軟式野球部に所属し、投手と内野手を務めていた[2]。子どもの頃からプロ野球選手になることが夢だったが、中学の時点で線が細く体が小さかったこともあり夢を断念し、兵庫県立長田高等学校に進学する[3]。公立高校のため練習時間は限られていたが[4]、2年生から本格的に投手を始めると、常時140 km/h台を投げるようになる[5]。3年夏の兵庫県大会ではベスト8に進出するが、準々決勝で小園海斗擁する報徳学園と対戦し0-1で敗退[4]。しかし、同大会で最速147 km/hを記録するなど好投を見せ、プロからも注目されるようになる[6]。
より高いレベルを求め、大学は慶應義塾大学環境情報学部に進学[3]。入学前の2月からキャンプに参加していたが、3月に胃腸炎のような症状と体調不良が続き、国指定の難病である「IgA腎症」と診断され入院生活を送る[7]。一時は体重も13kg減少したが、5月に大学に戻りリハビリを経て、大学2年の8月に行われた春季リーグ戦[注 1]でデビューを飾る[7]。抑え投手を任されるようになった3年春の第70回全日本大学野球選手権記念大会では胴上げ投手となり、34年ぶりの優勝に貢献した[8]。4年春のリーグ戦では防御率1.53で最優秀防御率賞のタイトルを獲得[9]。侍ジャパン大学代表にも選ばれ、7月にオランダで行われたハーレムベースボールウィークにも出場した[4]。大学の同期には萩尾匡也がいた[10]。
2022年10月20日、ドラフト会議にて横浜DeNAベイスターズから5位指名を受ける[11]。11月21日、横浜市内のホテルにて交渉を行い、契約金3500万円、年俸780万円(金額は推定)で入団に合意した[12]。背番号は35。同大学から直接横浜にプロ入りするのは山下大輔以来49年ぶり、また、長田高校の卒業生としては初のプロ野球選手となる[13]。
DeNA時代
2023年は二軍公式戦(イースタン・リーグ)32試合(33イニング)に登板し、4勝3敗、防御率3.00という成績を残したものの[14]、一軍デビューを果たすことなくシーズンを終えた。
2024年は開幕からイースタン・リーグで登板し、5試合で防御率5.79を記録するも5月17日を最後に登板がなく、その後6月20日に球団より右肩の神経剥離術を行ったことが発表された[15][16]。11月15日に育成契約への移行が発表された[17]。背番号は035に変更となる[18]。
2025年は戦線に復帰し、7月25日までに二軍公式戦22試合に登板。0勝2敗、防御率6.10の成績ながら、一軍で抑えを務めていた入江大生やセットアッパーを務めていたローワン・ウィックが故障で離脱したことにより、救援陣の強化が急務となったチーム事情もあり、7月26日、支配下復帰が発表された[19]。背番号は35に戻る[20]。8月8日、3年目にして初めて出場選手登録された[21]。同日の対読売ジャイアンツ戦(横浜スタジアム)、9点ビハインドの場面ながら中継ぎで一軍初登板を果たすも、1回2失点の内容だった[22]。以降、登板機会はなく、同月17日に登録を抹消された[23]。再登録はなくシーズンを終えたが、二軍での後半戦は20試合に登板して防御率0.87と圧倒的な投球を続け[24]、最終的な二軍成績は42試合の登板で1勝3敗、防御率3.48の成績だった[25]。
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | DeNA | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.0 | 3 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 18.00 | 4.00 |
| 通算:1年 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.0 | 3 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 18.00 | 4.00 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025 | DeNA | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
| 通算 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 初登板:2025年8月8日、対読売ジャイアンツ17回戦(横浜スタジアム)、7回表に3番手で救援登板、1回2失点[22]
- 初奪三振:2026年3月31日、対阪神タイガース1回戦(京セラドーム大阪)、8回裏に糸原健斗から空振り三振
- 初勝利:2026年4月7日、対中日ドラゴンズ1回戦(横浜スタジアム)、5回表に2番手で救援登板、1回無失点[29]
背番号
- 35(2023年 - 2024年、2025年7月26日 - )
- 035(2025年 - 同年7月25日)