武石謙太郎は、山崎房吉より伝授された淺山一傳流体術に工夫を加えて兼相流柔術を創始した。
1908年(明治41年)に日暮里に勝武館を開設。道場は後年蒲田駅の南側[1]に移転した。
1943年(昭和18年)に皆伝を受けた松本貢(武号 兼久)・保男(武号 武久)親子によって
武石兼相が伝えた武術の全伝を昭和20年から神奈川県平塚市の相州松武館道場で伝承し複数の継承者を輩出した
他に昭和前期に皆伝を受けた清水謙一郎(後年護身道を開創)の系統もあった。
宗家制度を取っていないので同代の皆伝師範が複数存在する