円山公園音楽堂
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円山公園音楽堂は、音楽をはじめ各種の文化事業、慰楽事業、集会等に利用できる施設として1927年(昭和2年)11月に開堂。
円山公園内にあり、2,528名収容できる、自然環境にめぐまれた野外施設[1]。
円山野外音楽堂とも言われ、ジャズのマイルス・デイビスやハービー・ハンコックなど海外の著名な演奏家もここで演奏を楽しみ、かつて週末にはいつもコンサートが開かれ、ある時代はフォークの聖地ともいわれ、祇園祭の頃には宵々山コンサートなど、多くのフォークコンサートが行われたことから、「フォークの聖地」と呼ばれ[2]、個性的な場所として、広く人々の記憶に残り、家族の憩いの場や若者たちの文化の交流の場でもあった[3]。
近年では、京都市主催の「円山コンサート」として、フォークフェスティバルとカントリーフェスティバルが15年近く開催され、日本中から楽しみに人々が集まってきた[3]。
2005年から杉田二郎とばんばひろふみの呼びかけでフォークコンサート「京の旅人」が10年間開催され[4]、その後「京の旅人 again」と名称を変えて継続されたが、2021年3月の公演をもって終了した[5]。
近年は、2010年3月28日、京都の朝鮮学校が市民グループに襲撃された事件(朝鮮学校襲撃事件)を受けて、民族差別に反対する集会が開催され約900人が参加[6]や、福島第一原発事故後、毎年3月頃に「バイバイ原発3.10(または3.11/3.12)きょうと」として、数千人規模の集会が開催(2012年、2018年、2025年など)[7][8]、2022年10月16日、日本赤軍の重信房子元最高幹部が、「変えよう!社会・変えよう!世界」に登壇[9]などの集会も多い。
歴史
全国的に各都市で文化的な施設が作られ始めた時代であったことや、近代化への発展により忙しい毎日を過ごしている一般市民にも、音楽や芸術で1日の苦労を癒せる場所が必要とのことで、京都市長だった安田耕之助、呉服商「水清」八木清八らの寄付や、雙林寺の上地により[10]建てられた[11]。結果、真葛ケ原の環境や雰囲気、東山三十六峰にも数えられている雙林寺山そのものを破壊することにもなった[10]。
設計は、京都市庁舎の意匠も担当した当時市の営繕課の職員だった中野進一が担当し、生音でも音響が良く聞こえるようにシェル型ステージに作ってある[11]。
「音楽堂の設計は、洋楽・邦楽問わず広く音楽の演奏を目的として演劇や舞踊の演出も考慮されている」と竣工の資料にも記載されている[11]。
京都会館ができるまでは様々な催しが行われ、1956年に設立された京都市交響楽団の、第一回の定期演奏会もここで開かれた[11]。