円楽寺 (豊田市)
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創建
永正年間(1504年 - 1520年)、本多四郎左衛門が実如上人から方便法身尊像を下賜されて草庵を創建した[2]。
近世
寛永8年(1631年)、上宮寺から順慶法師が入って中興開基となった[2]。天和3年(1683年)には円楽寺という寺号が許可され、木仏が認可されて梵鐘を鋳造した[2]。4世租了の代、宝暦7年(1757年)に本堂を再建し、宝暦12年(1762年)に土蔵を建立した[2]。
寛政6年(1794年)に庫裡と座敷を修復し、寛政11年(1799年)に本堂を修復した[2]。文化元年(1804年)には梵鐘を再鋳し、鐘楼を再建した[2]。
6世躍恵は寺域を拡大させ、文化6年(1809年)に山門を再建、天保3年(1832年)に庫裡を再建した[2]。天保6年(1835年)に本堂の再建を発願し、天保11年(1840年)に本堂が落慶、嘉永元年(1848年)に落成した[2]。文政7年(1824年)には経蔵を建立した[2]。
慶応2年(1866年)から1873年(明治6年)まで、円楽寺には寺子屋が設置されていた[3]。1872年(明治5年)に学制が発布されると若林学校(現・豊田市立若園小学校)が創設され、暫定的に円楽寺の庫裏が借用された[3]。
現代
1959年(昭和34年)9月の伊勢湾台風では太鼓楼や茶所などが倒壊したが、1960年(昭和35年)には茶所を再建した[2]。1984年(昭和59年)には書院を再建し、1985年(昭和60年)には庫裏を再建した[2]。1989年(平成元年)には梵鐘を再鋳した。
