若林駅 (愛知県)

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所在地 愛知県豊田市若林東町沖田37
北緯35度1分35.8秒 東経137度5分47.3秒 / 北緯35.026611度 東経137.096472度 / 35.026611; 137.096472座標: 北緯35度1分35.8秒 東経137度5分47.3秒 / 北緯35.026611度 東経137.096472度 / 35.026611; 137.096472
所属路線 三河線
若林駅
駅舎(2026年3月)
わかばやし
WAKABAYASHI
MY04 竹村 (2.3 km)
(2.4 km) 三河八橋 MY02
所在地 愛知県豊田市若林東町沖田37
北緯35度1分35.8秒 東経137度5分47.3秒 / 北緯35.026611度 東経137.096472度 / 35.026611; 137.096472座標: 北緯35度1分35.8秒 東経137度5分47.3秒 / 北緯35.026611度 東経137.096472度 / 35.026611; 137.096472
駅番号 MY03
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 三河線
キロ程 15.1km(猿投起点)
知立から6.2 km
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
4,935人/日
-2020年-
開業年月日 1920年(大正9年)7月5日
備考 無人駅駅集中管理システム導入駅)
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若林駅(わかばやしえき)は愛知県豊田市若林東町にある、名古屋鉄道(名鉄)三河線である。駅番号はMY03

高架化事業

若林駅周辺は三河線により地区が東西に分断されているうえ、周辺道路が脆弱なため、既存踏切付近での渋滞や生活道路での交通の錯綜が発生していた。また、既存の踏切は歩車非分離で狭小なため、車両のすれ違いは困難であり、歩行者や自転車の安全確保が急務となっていた。

そこで、若林駅とその周辺の2.2キロメートルを連続立体交差事業として高架化し、道路整備により4箇所の踏切を除却する計画が立てられた[1]。これにより、安全で円滑な道路交通環境を確保し、交通機関相互の乗り継ぎの利便性の向上を図るとともに、安全で快適な魅力あるまちづくりを推進することになった。

全体事業費は約334.8億円。2015年度(平成27年度)の都市計画決定を経て2018年(平成30年)4月3日に都市計画事業認可を受けた。その後、2019年度に工事が開始された。2026年度には全体事業が完了する予定である[2][3]

なお、この高架化により駅間の高架橋は複線幅で建設し、若林駅は2面4線となる予定である[4]。高架は仮線用地と一部重複しており、重複箇所をのぞく2面3線分を先行して高架化したのち、仮線撤去とともに二期施工として残部の高架化を実施する[5]

年表

  • 1920年大正9年)7月5日 - 三河鉄道の駅として開業。
  • 1941年昭和16年)6月1日 - 三河鉄道が名古屋鉄道に合併。同社三河線の駅となる。
  • 1962年(昭和37年)9月 - 駅舎改築[6]
  • 1965年(昭和40年)1月1日 - 貨物営業廃止[7]
  • 2003年(平成15年)10月1日 - 駅集中管理システム及びトランパスを導入。
  • 2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始。
  • 2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了。
  • 2021年令和3年)
    • 2月1日 - 終日無人化[8]
    • 7月下旬 - 仮線工事着手[9]
  • 2023年(令和5年)
    • 3月4日 - 仮駅供用開始[10]
    • 5月 - 鉄道高架橋新設工事開始[11]
  • 2025年(令和7年)9月末 - 一期施工の高架竣工[5]
  • 2026年(令和8年)3月28日 - 仮駅から高架に切り替え[12][注釈 1]。駅舎は使用継続。二期施工箇所は未完成[5][14]
  • 2027年(令和9年)度(予定) - 仮駅を撤去し、高架二期施工および駅前広場整備工事開始。
  • 2028年(令和10年)度(予定) - 駅前広場完成。これを以て高架化工事の全工程終了。

駅構造

高架駅時代

相対式2面2線の高架駅である[14]。高架構造は2面4線化に対応しているが[4]、副本線に当たる外側2線には線路が敷設されていない[14]。地上駅(仮駅含む)は右側通行で電車が進入していたが、高架駅では左側通行となった。駅集中管理システムを導入した無人駅であり、豊田市駅から遠隔管理されている[15]。2026年3月の高架化時点(二期施工完工前)では仮駅用地と重複する西側1線分の高架が未完成で、下り線ホームの副本線側には仮囲いがなされている[14][5]。また、高架化直後は改札口が高架下に移転しておらず、引き続き地上駅舎が使用される(トイレは移転)[14]

駅舎外観は若林自治区が2025年度に沿線住民らから集めた意見をもとに提案した「若林のイメージ」をもとに、名鉄が検討して決定された[16]マリオン式ルーバー装飾は高架化による地域の発展と想像を表し、そこに緩やかな曲線で配色された緑色は沿線の田園風景や山並み、三河線に並行する逢妻男川をモチーフにしている[17]。駅舎内装(高架下コンコース)のデザインも若林地区の地域特性をもとに「木材と最新素材を組合せたデザイン」をテーマとしており、ルーバーや壁面には豊田市の木材と窯業系平形スレートを組み合わせて使用している[18]

のりば
番線路線方向行先
3 MY 三河線(山線)[19][20][注釈 2] 上り 知立ゆき[22]
2 下り 猿投ゆき[22]

2面4線化前提の構造に基づき敷設されていない副本線を含めて番線を振っているため、1番線は欠番になっている。

若林駅 構内配線略図

豊田市・
猿投方面
0S22C
3
sens2
sens2
2

知立方面
凡例
出典:[14]

地上駅時代

島式ホーム1面2線を配する地上駅であった[23]。日本の鉄道は通常、進行方向に対して左側に停車するが、この駅は構内踏切の位置の関係で、乗車する客の安全を確保するため、右側に停車していた[24](駅構造は仮駅も同様で、右側通行は継続して実施されていた[25])。

ホーム上にはワンマン運転支援用のセンサーポールが設置されていたが[26]、高架化事業に伴う仮線移行時に廃止された[27]

2021年1月31日までは特殊勤務駅で、午前7時から11時までの間は駅員が駐在していた[8]。改札口とホームとは猿投寄りの構内踏切で行き来でき、改札口付近には自動券売機(新規manaca通勤定期乗車券及び継続manaca定期乗車券の購入にも対応しているが、7:00~22:00以外の時間帯は名鉄ミューズカードでの決済は不可能[28]である)と自動精算機(ICカードの積み増し等も可能)を1台ずつ備えていた。

のりば
番線路線方向行先
1 MY 三河線(山線)[19][20][注釈 2] 上り 知立ゆき[22]
2 下り 猿投ゆき[22]
若林駅 構内配線略図

豊田市・
猿投方面
若林駅 構内配線略図
知立方面
凡例
出典:[23]


利用状況

旅客

  • 『移動等円滑化取組報告書』によると、2020年度の1日平均乗降人員は4,935人である[29]
  • 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年度当時の1日平均乗降人員は5,580人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中73位、三河線(23駅)中7位であった[30]
  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は6,350人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中68位、三河線(38駅)中4位であった[31]

『愛知県統計書』『愛知県統計年鑑』『豊田市統計書』各号によると、一日平均乗車人員および一日平均乗降人員の推移は以下の通りである。

一日平均乗車・乗降人員の推移
乗車人員乗降人員備考
総数定期総数定期
1920(大正9)年度 40587月5日開業[32]
1921(大正10)年度 63118[33]
1922(大正11)年度
1923(大正12)年度
1924(大正13)年度
1925(大正14)年度
1926(大正15)年度
1927(昭和2)年度
1928(昭和3)年度
1929(昭和4)年度
1930(昭和5)年度
1931(昭和6)年度
1932(昭和7)年度
1933(昭和8)年度
1934(昭和9)年度
1935(昭和10)年度
1936(昭和11)年度
1937(昭和12)年度
1938(昭和13)年度
1939(昭和14)年度
1940(昭和15)年度
1941(昭和16)年度
1942(昭和17)年度
1943(昭和18)年度
1944(昭和19)年度
1945(昭和20)年度
1946(昭和21)年度
1947(昭和22)年度
1948(昭和23)年度
1949(昭和24)年度 *778*1531期間は1949年5月 - 1950年4月末[34]
1950(昭和25)年度 *671*1282期間は1949年11月 - 1950年10月末[35]
1951(昭和26)年度 *858*1669[36]
1952(昭和27)年度 8031593[37]
1953(昭和28)年度 8581719[38]
1954(昭和29)年度 8301660[39]
1955(昭和30)年度 8291660[40]
1956(昭和31)年度 9291855[41]
1957(昭和32)年度 10001992[42]
1958(昭和33)年度
1959(昭和34)年度
1960(昭和35)年度
1961(昭和36)年度
1962(昭和37)年度
1963(昭和38)年度
1964(昭和39)年度
1965(昭和40)年度 1754139635142792[43]
1966(昭和41)年度 1838149836822996[44]
1967(昭和42)年度 2202179344083586[44]
1968(昭和43)年度 2314189746293794[44]
1969(昭和44)年度 2238179044753580[45]
1970(昭和45)年度 2323179646423592[45]
1971(昭和46)年度 2263174645193492[45]
1972(昭和47)年度 2165164043253280[46]
1973(昭和48)年度 2122157742243154[46]
1974(昭和49)年度 2150157642693152[46]
1975(昭和50)年度 2162159342883185[47]
1976(昭和51)年度 2109155442023108[48]
1977(昭和52)年度 42423094[49]
1978(昭和53)年度 2223161742613068[50][49]
1979(昭和54)年度 2172154141692921[51][52]
1980(昭和55)年度 2369168745593204[53][52]
1981(昭和56)年度 2420173146763306[54][55]
1982(昭和57)年度 2516179351193640[56][55]
1983(昭和58)年度 2668195251723750[57][58]
1984(昭和59)年度 2725200452703840[59][58]
1985(昭和60)年度 2703197856254112[60][58]
1986(昭和61)年度 2715199556674200[61][58]
1987(昭和62)年度 2713201557154290[62][58]
1988(昭和63)年度 2678195553503910[63][64]
1989(平成元)年度 2687195753713914[65][64]
1990(平成2)年度 2846211057504284[66][64]
1991(平成3)年度 3090229361924602[67][64]
1992(平成4)年度 3173236463504738[68][64]
1993(平成5)年度 3166235663494734[69][70]
1994(平成6)年度 3093233461874668[71][70]
1995(平成7)年度 3052229660114580[72][70]
1996(平成8)年度 3044227660784552[73][70]
1997(平成9)年度 2858213557034270[74][70]
1998(平成10)年度 2636193955344118[75][76]
1999(平成11)年度 2554188750973774[77][76]
2000(平成12)年度 2513182451813804[78][76]
2001(平成13)年度 2437170648493412[79][76]
2002(平成14)年度 2395165547603310[80][76]
2003(平成15)年度 2400165347703306[81][82]
2004(平成16)年度 2432166848273336[83][84]
2005(平成17)年度 2485169849323396[85][84]
2006(平成18)年度 2453167348693346[86][84]
2007(平成19)年度 2500167949613358[87][84]
2008(平成20)年度 2517168049963360[84]
2009(平成21)年度 2461168048953360[88]
2010(平成22)年度 2463168449003368[88]
2011(平成23)年度 51053548[88]
2012(平成24)年度 53183722[88]
2013(平成25)年度 55803994[88]
2014(平成26)年度 55664014[89]
2015(平成27)年度 59174324[89]
2016(平成28)年度 59584380[89]
2017(平成29)年度 60514454[89]
2018(平成30)年度 61294484[89]
2019(令和元)年度 62244592[90]
2020(令和2)年度 4935[29]

* 千人単位からの概算値

貨物

貨物取扱量の推移(トン)
発送到着備考
1960(昭和35)年度 [91]
1961(昭和36)年度 [91]
1962(昭和37)年度 2037104[91]
1963(昭和38)年度 3112071[91]
1964(昭和39)年度 10754[91]
時期発送到着資料
主要品目主要着地主要品目主要発地
1960年代 肥料山陽・関東地方『豊田市の統計 昭和42年版』[91]

駅周辺

豊田市南部の田園地帯にある駅である。駅西方には田園風景が広がる。駅本屋及び出口のある駅東側は商店と住宅が混在する若林地区の中心である。その住宅街を抜けて1kmほどのところには豊田南高等学校があるため、朝夕ラッシュ時には高校生で混雑する。駅西側へは駅舎から線路に沿って北へ200mほどのところにある踏切を渡る必要がある。踏切を渡ったところに若林交流館があり、「ふれあいバス」の停留所となっている。田園地帯を抜けてさらに西へ1.5kmほど行くと国道155号にぶつかり、沿うように豊田市立高岡中学校豊田市役所高岡支所西三河自動車検査登録事務所がある。

主な施設

バス路線

コミュニティバス

隣の駅

名古屋鉄道
MY 三河線(山線)
竹村駅(MY04) - 若林駅(MY03) - 三河八橋駅(MY02)

脚注

関連項目

外部リンク

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