冨永信政

日本の陸軍大将 From Wikipedia, the free encyclopedia

冨永 信政(とみなが のぶまさ、1888年明治21年)3月23日 - 1943年昭和18年)11月9日)は、日本陸軍軍人、最終階級は陸軍大将

概要 冨永(とみなが) 信政(のぶまさ), 生誕 ...
冨永とみなが 信政のぶまさ
生誕 1888年3月23日
日本の旗 日本東京府
死没 (1943-11-09) 1943年11月9日(55歳没)
インドネシアの旗 インドネシアアンボン
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1909年 - 1943年
最終階級   陸軍大将
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経歴

東京都出身。冨永政利陸軍中佐の息子として生まれる。早稲田中学名古屋陸軍地方幼年学校中央幼年学校を経て陸軍士官学校を卒業。

日中戦争勃発後には、第21師団の第21歩兵団長として徐州に駐屯し治安維持に当たる傍ら蘇北作戦などにも参戦。次いで1940年(昭和15年)12月から第27師団長として天津に駐屯。

1942年(昭和17年)12月に第19軍司令官に補されインドネシアアンボンに赴任するが現地で発病、1943年(昭和18年)11月9日に亡くなる。 死去に際しては祭資が、葬送に際しては勅使が派遣されて幣帛が下賜された[1]。 没後、陸軍大将を贈られ、1974年(昭和49年)9月28日には勲一等旭日大綬章(戦歿者叙勲)を贈られた。

年譜

栄典

位階
勲章等
外国勲章佩用允許

親族

参考文献

脚注

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