前山町 (伊勢市)
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現在、岡本2丁目に位置する教王山神宮寺金剛院世義寺は、天明年間に聖武天皇の勅願を奉じ、行基が前山町亀谷郷に建立したと伝えられている。中世、外宮宮域の西に移り、寛文10 年の山田の大火には幸い類焼を免れたが、神域と寺門を接するのを憂えた山田奉行によって現在地に転じた[1]。(詳しくは「世義寺」を参照)
「前山」は外宮御山に隣接し、他領とならない地勢のはずだったが、乱世の頃から一宇郷[2]に属した。山田から前山の薪を採るに際しては、山手と称し、年貢を一宇郷に出していた。山田の人民はこのことを当時の奉行花房志摩守幸次に嘆願したところ、その推挙を得て、寛永16年9月10日、願いの趣向を聞き届けられ、前山の地は、先規のように神領に復した[3]。
勢田村、旭村、藤里村、大倉村、佐八村、津村とともに宮本村を構成した。
慶應4年7月6日(1868年8月23日) - 伊勢神宮領・山田奉行の管轄地域などが度会府の管轄となる。
明治2年伊勢外宮領前山郷の一部より旭村・藤里村・前山村が起立。(4町171村14浦8竈)
明治9年(1876年)(3町160村14浦6竈)
- 伊勢外宮領前山郷の一部(通称・六合村)より勢田村が起立。
明治12年(1879年) 2月5日 - 郡区町村編制法の三重県での施行により、行政区画としての度会郡が発足。郡役所が宇治山田町[11]に設置。
明治22年4月1日~:宮本村
昭和18年12月1日宇治山田市に編入
昭和30年1月1日改称して伊勢市
昭和19年4月1日、大字を「大字前山」から「前山町」に、他の大字とともに変更[4]。