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本町 (伊勢市)

三重県伊勢市の町 From Wikipedia, the free encyclopedia

本町(ほんまち)は三重県伊勢市の地名。郵便番号は516-0074。伊勢神宮外宮の鳥居前町であると共に、伊勢市の経済の中心としての機能をも有する。

概要 本町, 国 ...
本町
本町(2011年1月撮影)伊勢神宮外宮へ初詣に向かう客で賑わう外宮参道の様子
本町(2011年1月撮影)
伊勢神宮外宮へ初詣に向かう客で賑わう外宮参道の様子
本町の位置(三重県内)
本町
本町
本町の位置
北緯34度29分23.2秒 東経136度42分22.08秒
国 日本の旗 日本
都道府県 三重県
市町村 伊勢市
地区 厚生地区
町名制定 1955年(昭和30年)1月1日
面積
 • 合計 0.10714874 km2
人口
(2019年(令和元年)7月31日現在)[WEB 2]
 • 合計 351人
 • 密度 3,300人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
516-0074[WEB 3]
市外局番 0596(伊勢MA)[WEB 4]
ナンバープレート 三重
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地理

伊勢市の中央よりやや北寄りに位置する、山田の東側にある。地形的には高倉山東麓の沖積低地にある[1]。

北は吹上一丁目、東は岩渕一丁目・岡本一丁目、南は豊川町、西は一志町・宮後一丁目と接する。観光業や金融業・保険業といった第三次産業が卓越する。

歴史

概要

江戸時代には田中中世古町(たなかなかせこちょう、たなかなかせこまち)という町名だった。(『勢国見聞集』など少数の史料では田中町・中世古町に分けるものもある[2]。)伊勢神宮外宮の山田十二郷の1つで、山田三方に所属していた。徳川家の祈祷師であった春木大夫をはじめとする御師が軒を連ね、天保7年(1836年)には23人に上った[2]。田中中世古町は神宮式年遷宮において御樋代木を奉曳する特権を有し、国書講義所と付属手習所という家塾があった[2]。江戸時代を通して3度の大火を経験しており、特に宝永3年(1706年)の大火では全戸焼失の被害を受けている[2]。また寛文10年(1670年)の大火の後には中世古の名の由来とされる時宗神光寺が町外へ転出し、跡地には会所ができた[2]。

1894年(明治27年)、芝居小屋の蛭子座が開業した[3]。蛭子座は1916年(大正5年)に一之木町へ移転し、世界館に改称、映画館となった[4]。1907年(明治40年)、三重県津市の偕楽公園内にあった三重県勧業陳列館が移転、開館した[5]。この施設は三重県の物産品を展示し、試売や取引の紹介をすることを主な目的とした施設で[6]1926年(大正15年)7月11日に落成式を挙行し、山田駅(現在の伊勢市駅)前に移転した[5]。1944年(昭和19年)に廃止され、建物は宇治山田市立女子商業学校(三重県立宇治山田商業高等学校の前身の1校)・宇治山田市立厚生中学校の校舎に転用された後、三重県から譲渡[6]、1951年(昭和26年)4月に宇治山田市立観光物産館となる[7]。「観光」よりも産業振興に力を入れていた施設だった[5]が、1954年(昭和29年)に閉鎖した[1]。

1945年(昭和20年)7月に宇治山田市が空襲を受けた際には、町域の大半が焼き尽くされた(宇治山田空襲)[1]。1954年(昭和29年)、宇治山田市立観光物産館の付属建物に宇治山田市立図書館(現在の伊勢市立伊勢図書館の前身)が入居し[8]、1973年(昭和48年)に移転するまでこの地にあった。1961年(昭和36年)、伊勢オカダヤ(ジャスコ伊勢ショッピングセンターの前身)が進出した[9]。1966年(昭和41年)6月、住居表示の導入[10]に伴い、町域の一部が分離し、岩渕一丁目及び吹上一丁目となった[1]。

町名の由来

山田駅(現在の伊勢市駅)前にあると同時に外宮の鳥居前であったことから、神都・宇治山田市(伊勢市の旧称)の中心として1908年(明治41年)1月に「田中中世古町」から「本町」に改称された。

旧称の田中中世古町は、田中と中世古を合わせて一郷としたことによる。田中は田の中に町・民家があったことに由来する[2][11]。中世古の由来は、外宮前下馬所と宮後を結ぶ道(伊勢弁で世古という)の間にあったこと[11]、あるいは田中中世古町にあった時宗神光寺(中ノ道場)に至る道「中ノ道場世古」を略したもの、の2説がある[2]。

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により度会郡宇治山田町成立。宇治山田町田中中世古町となる。
  • 1906年(明治39年)9月1日 - 宇治山田町が市制を施行し、宇治山田市田中中世古町となる。
  • 1908年(明治41年)1月 - 田中中世古町が本町に改称され、宇治山田市本町となる。
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 昭和の大合併により、周辺4村を編入すると同時に伊勢市に改称され、伊勢市本町となる。

町名の変遷

さらに見る 実施後, 実施年月日 ...
実施後 実施年月日 実施理由 実施前
本町 1908年(明治41年)1月 町名改称 宇治山田市田中中世古町
1966年(昭和41年)6月1日 住居表示導入 本町の一部(字中舘・字中世古・字田中・字片田の一部)
宮後町の一部(字神路・字鶯谷)[12]
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世帯数と人口

2019年(令和元年)7月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 2]。

さらに見る 町丁, 世帯数 ...
町丁世帯数人口
本町 173世帯 351人
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人口の変遷

1643年以降の人口の推移。1995年以後は国勢調査による推移。

1643年(寛永20年) 1,312人[2]
1872年(明治5年) 430人[2]
1965年(昭和40年) 774人[1]
1980年(昭和55年) 866人[13]
1995年(平成7年) 582人[WEB 5]
2000年(平成12年) 520人[WEB 6]
2005年(平成17年) 450人[WEB 7]
2010年(平成22年) 404人[WEB 8]
2015年(平成27年) 358人[WEB 9]

※ 1850年は人口が不明な為、省略。

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

1643年(寛永20年) 332戸[2]
1850年(嘉永3年) 138戸[2]
1965年(昭和40年) 215世帯[1]
1980年(昭和55年) 322世帯[13]
1995年(平成7年) 238世帯[WEB 5]
2000年(平成12年) 216世帯[WEB 6]
2005年(平成17年) 194世帯[WEB 7]
2010年(平成22年) 175世帯[WEB 8]
2015年(平成27年) 165世帯[WEB 9]

※ 1872年は世帯数が不明な為、省略。

学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[WEB 10]。

さらに見る 番・番地等, 小学校 ...
番・番地等小学校中学校
全域伊勢市立厚生小学校伊勢市立厚生中学校
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交通

外宮北交差点
画像の下方向が県道37号、上方向が県道32号、右方向が県道22号、左方向が県道22号と県道37号の重複区間である。

本町は伊勢市の主要な道路が交差する地点であり、通称の付いている路線が多い。

※ このほか「世古」と呼ばれる細い路地が縦横に通っている。

施設

外宮参道界隈

旧国道23号界隈

その他

日本郵便

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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