1905年(明治38)年に巡回司祭であったイポリット・ルイ・カディヤック(Hippolyte Louis Cadilhac)神父により「天主公教会」の名称で発足する。
1913年(大正2)年、ルシアン・ドルワール・ド・レゼー(Lucien Drouart de Lézey)神父の時代に聖堂を建設。第一次世界大戦のため、1914年から1923年まで司祭が不在になったあと、初の日本人司祭である内野作蔵が着任する[7]。内野の設計と金策により、1932年(昭和7年)11月3日に現在の建物が完成した[2]。神父が常任するのは1941年(昭和16年)以降である[6]。