前田政八
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佐賀県藤津郡塩田村で生まれる[3]。代々武士の家系で[4]、先祖には塩田津出身で治水の神様と評される前田伸右衛門がいる[5][6]。1898年3月、東京の工手学校土木科を卒業し[2][3]、さらに達英舎で英学を修める[3]。
1900年5月、北海道庁技手に任じられ室蘭支庁に勤務[3]。その後、道庁属・札幌支庁第二課長に転じ、1908年に退職[3]。その後、札幌区外五郡産牛馬組合副組長、前田一歩園[注 1]管理人を経て、前田倉庫、材木商を経営[3]。釧路木材商組合長、北海道会議員、釧路区会議員、釧路市会議員、同議長、釧路商業会議所議員、賓江木材倉庫社長(満州国哈爾賓市)などを務めた。
1928年2月の第16回衆議院議員総選挙に民政党公認[7]で北海道第5区(当時)から出馬して当選、同年12月に政友会に移籍[8]。衆議院議員を一期務めた[2]。その後帰郷し、塩田町長(1947.4-1955.4)[9]、塩田町議会議員(1957.6-1965.1)[10][注 2]、同議長(1962.8-1963.6、1964.12-1965.1)[11]、佐賀県治山治水協会長、同県林業会理事長、日本治山治水協会理事などを務めた[2]。1965年、塩田町議会議長のまま死去[10]。
