劉克襄
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劉 克襄 | |
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| 劉 克襄 | |
| 生誕 |
劉 資愧(Liú Zīkuì) 1957年1月8日(69歳) |
| 住居 |
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| 国籍 |
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| 別名 | 鳥人(とりびと) |
| 出身校 |
台中市立台中第一高級中学校 私立中国文化大学新聞学系 |
| 職業 | 詩人・作家・博物学者・ジャーナリスト |
| 活動期間 | 1978年 - |
| 著名な実績 | 台湾自然書写(ネイチャーライティング)の先駆者 |
| 代表作 |
『漂鳥的故郷』(1984年) 『風鳥皮諾查』(1991年) 『11元的鐵道旅行』(2009年) 『四分之三的香港』(2014年) |
| 影響を受けたもの | ゲーリー・スナイダー |
| 活動拠点 | 台湾・香港 |
| 肩書き | 元・中央通訊社董事長 |
| 配偶者 | 朱惠菁 |
| 受賞 | 吳三連文学奨、第六届聯合報文学大奨、台北国際書展大奨ほた多数 |
劉克襄(繁体字:劉克襄, りゅう こくじょう、Liu Ka-shiang / Liu Ke-hsiang、1957年1月8日 - )は、台湾の詩人・作家・博物学者である。本名は劉資愧(りゅう しかい)。台湾を代表する自然書写(ネイチャーライティング)の先駆者として知られ、詩・散文・小説・絵本・踏査報告など多彩なジャンルにわたる40冊以上の著作を持つ[1]。「鳥人」の異名を持ち、鳥類生態の観察から出発し、台湾の地理・歴史・風土・庶民生活にまで関心を広げてきた。元・中央通訊社董事長。
幼少期・学生時代
1957年1月8日、台湾台中県烏日郷(現・台中市烏日区)に生まれる[2]。本名「劉資愧」は父が社会主義思想を信奉し資本主義を卑下したことに由来し、2歳のときに現在の名「劉克襄」に改名した[3]。父は小学校に勤務しており、劉克襄は幼少期より台中の老舗書店・中央書局に父と通い、多くの書物に親しんだ[4]。
台中第一高級中学(台中一中)在学中に詩作を始め、作文の定型的な表現に反発したことが創作の契機となった。中国文化大学新聞学系に進学後、詩社「華岡詩社」に参加して本格的に詩を書き始め、同人誌への掲載を重ねた。在学中に本名で詩集『河下游』(1978年)を私費出版したが、一週間後に自ら廃棄している[5]。
軍歴・鳥類との出会い
1979年に入隊し、海軍艦艇に配属された。航行中、支給された双眼鏡で鳥を観察することを習慣とし、このことが生涯にわたる鳥類への関心の出発点となった[6]。除隊翌日には台中野鳥保育協会に入会し、以後継続的に自然観察活動を行うようになる。
編集者・作家として
除隊後は聯合報副刊の編集実習を経て、約30年にわたる副刊編集者としてのキャリアをスタートさせた。1982年、最初の散文集『旅次札記』を出版し、自然書写作家としての地位を確立し始める[7]。1985年より中国時報「人間副刊」の編集者となり、1988年には自立報系藝文組主任に就任して「探険家在台湾」特集を企画・主導した。
1980年代初頭に発表した政治詩集『漂鳥的故郷』(1984年)は、当時の政治を批判して台湾の社会的現実を反映した内容が注目を集め、「劉克襄旋風」とよばれるほどの反響を呼んだ[8]。
その後、台湾における自然書写の先駆的作品を次々と発表する一方、中国時報・台湾日報など主要メディアの副刊編集者として活躍した。2007年3月から6月には健行科技大学の駐校作家を務め、後に中央通訊社の董事長に就任した[9]。
香港・海外での活動
2006年以降、香港を田野調査の場として複数回訪問し、香港の郊野と自然生態の調査を続けた。その成果として刊行した『四分之三的香港:行山・穿村・遇見風水林』(2014年)は台湾・香港双方で高く評価され、台北国際書展大奨・亞洲週刊十大好書・香港書獎などを受賞した[10]。また「台德文学交流合作」計画によりベルリンで一か月の駐村創作を行い、フランクフルト・ブックフェアにも参加した。
文学的業績
劉克襄の創作は、詩を起点として散文・小説・絵本・踏査報告・旅行文学へと広がり続けてきた。その書法の根底には「万冊の書と万里の路」という自らの信条があり、常に現地に赴き、双足で踏みしめた土地からしか書かないという姿勢を貫いている[11]。
台湾の自然書写においては、鳥類生態の観察をもとにした先駆的な散文作品で知られる。1991年に台湾初の動物小説とされる『風鳥皮諾查』を刊行し、1993年には海洋生物を主題とした『座頭鯨赫連嬤嬤』を発表するなど、小説の分野でも革新的な作品を生み出した。1995年には「城市荒野」(都市の荒野)という概念を自然踏査の経験と結びつけた三部作『小緑山之歌』『小緑山之舞』『小緑山之精霊』を発表した[12]。
また台湾の鉄道・農村・市場・食文化を素材とした紀行文学でも、台湾の読者層を大きく広げた。特に『11元的鐵道旅行』(2009年)は金鼎奨・開卷好書奨など複数の賞を受賞し、台湾鉄道旅行文学の代表作として定着している。
2014年から公共テレビ(公視)の番組『浩克慢遊』を作家の王浩一と共同司会し、台湾各地の地域文化・食文化・自然生態を伝える長寿番組となった。
主な著作
詩集
- 『漂鳥的故郷』(遠流、1984年)
- 『在測天島』(1985年)
- 『小鼯鼠的看法』(1988年)
- 『最美麗的時候』(2001年)
- 『巡山』
- 『革命青年:解嚴前的野狼之旅』(玉山社、2011年)
散文・紀行
- 『旅次札記』(1982年)
- 『旅鳥的驛站——淡水河下游的四季觀察』(1984年)
- 『消失中的亞熱帶』
- 『台灣舊路踏查記』
- 『迷路一天,在小鎮』(2002年)
- 『11元的鐵道旅行』(遠流、2009年) ※金鼎奨受賞
- 『男人的菜市場』
- 『裡台灣』
- 『十五顆小行星:探險、漂泊與自然的相遇』 ※金鼎奨受賞
- 『四分之三的香港:行山・穿村・遇見風水林』(遠流、2014年) ※台北国際書展大奨・香港書奨ほか
- 『小站也有遠方』
小説
- 『風鳥皮諾查』(遠流、1991年) ※台湾初の動物小説
- 『座頭鯨赫連嬤嬤』(1993年)
- 『野狗之丘』(2007年)
- 『虎地貓』 ※台北国際書展大奨受賞
自然誌・歴史書
- 『台灣鳥類研究開拓史(1840–1912)』(1989年)
- 『橫越福爾摩沙——外國人在台灣的旅行(1860–1880)』(1989年)
絵本・児童文学
- 『望遠鏡裡的精靈——台灣常見鳥類的故事』(1997年) ※聯合報1997年度十大童書、小太陽奨
- 『少年緑皮書:我們的島嶼旅行』(2003年)
- 『豆鼠私生活』(1996年)
受賞・栄誉
- 笠詩社二十年新人奨
- 第一届台湾詩奨
- 第七届時報文学奨新詩推薦奨
- 吳三連奨(報告文学部門)
- 台湾自然保育奨
- 聯合報読書人最佳書奨
- 金鼎奨(複数回受賞)
- 明日報十大本土書奨
- 開卷最佳青少年図書奨・開卷好書奨(複数回)
- 第二十一届吳魯芹散文奨
- 第五届台中文学貢獻奨
- 台北国際書展大奨(複数回)
- 亞洲週刊年度十大好書
- 第八届香港書奨
- 第六届聯合報文学大奨[13]
思想・考え方
劉克襄の自然書写における主張は、「自然」の定義を都市生活のなかに拡張することにある。多くの人は自然を「都市の外」にあるものとして捉えるが、劉克襄は都市のなかにもベランダの鉢植えや公園の草木といった自然が存在すると主張し、都市荒野(城市荒野)の概念を提唱した[14]。
また創作において最も重視するのは「真誠」(誠実さ)であり、常に自ら現場を踏み、現地に赴いた体験だけを書くという姿勢を一貫させてきた。さらに知性的な散文として評価されることが多い自身の作品について、「感性の側面のほうがより深く堅実である」と自らの詩的感覚を強調している[15]。
創作の動機については、個人的な関心を満たすだけでなく、社会を動かす使命感を常に帯びていると語り、生態保全・動物の権利・庶民生活の記録など、その書く行為が常に社会への働きかけと結びついている[16]。