劾者

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劾者(ヘテェ)は、の景祖烏古廼(ウクナイ)と昭粛皇后中国語版の長男で、金の世祖劾里鉢(ヘリンボ)・粛宗頗剌淑(ポラシェ)および穆宗盈歌(インコ)の長兄[原史料 1]

父の烏古廼(ウクナイ)は、女真(ジュシェン)諸部の統一に際しての主要人物であった。彼は次男のヘリンボの胆勇の気質を喜び愛し、その故を以てヘリンボの子孫は金朝の統治者の地位を占めた。女真には、子供たちが成長すると、各自別の宮邸に移り住むという習俗があったが、ウクナイは柔和な長男のヘテェと器量と知恵を有するヘリンボとは同居させ、ヘテェには家政を任せ、ヘリンボを外事一切の主担当とした。これが、ヘテェの子孫である撒改(サガイ)や粘没喝(ネメガ)が勃極烈(国務大臣に相当)に[2]、ヘリンボ家の阿骨打(アクダ)や呉乞買(ウキマイ)が金の皇帝として君臨した一つの遠因となった[注釈 1][原史料 2]

穆宗盈歌(インコ)は即位の初め、長兄を立てることはできないと考えたのでヘテェの子の撒改(サガイ)をもって国相に交代した。ヘテェの子のサガイがこうして大臣職に就いた[原史料 3]。ヘテェの死後、かれは韓国公に追封された。

関連系図

脚注

参考文献

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