勝山スケーティングクラブ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 勝山スケーティングクラブ | |
|---|---|
|
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 | |
| 施設情報 | |
| 用途 | アイススケート |
| 収容人数 | メインリンク観客席:300席 |
| 竣工 | 1978年(昭和53年) |
| 所在地 |
〒980-0011 宮城県仙台市青葉区上杉2丁目10-30 |
| 位置 | 北緯38度16分28.2秒 東経140度52分21.7秒 / 北緯38.274500度 東経140.872694度座標: 北緯38度16分28.2秒 東経140度52分21.7秒 / 北緯38.274500度 東経140.872694度 |
| 画像外部リンク | |
|---|---|
|
1974年〜1978年の空中写真と現在の地図の透過。 | |
|
1984年〜1987年の空中写真と2007年以降の空中写真の透過。 |
勝山スケーティングクラブ(かつやまスケーティングクラブ)は、かつて宮城県仙台市青葉区上杉に存在したスケートリンクである。仙台市都心部の北側にあり、上杉六丁目交差点(愛宕上杉通と北六番丁の交差点)の南西の街区内に位置する。
1978年(昭和53年)12月9日開場し、2009年(平成21年)4月30日に閉鎖された。同年中に建物は解体され、跡地は西友勝山公園店[※ 1]等の平面駐車場として利用された。
当地は、1688年(元禄元年)創業の勝山酒造[※ 2](北緯38度16分27.3秒 東経140度52分24.4秒 / 北緯38.274250度 東経140.873444度)が1857年(安政4年)、仙台藩より「御酒御用酒屋」に任命された際に与えられた土地であり、同社の酒蔵などがあった[1][2][3]。当区画の西側部分に1972年(昭和47年)に勝山ボウリングクラブ(北緯38度16分28.2秒 東経140度52分19.8秒 / 北緯38.274500度 東経140.872167度)が開業[※ 3]、北東部分に1975年(昭和50年)に東日本放送(北緯38度16分30秒 東経140度52分23.2秒 / 北緯38.27500度 東経140.873111度)が開局[※ 4]し、中央南部分に1978年(昭和53年)に当アイススケート場(北緯38度16分28.2秒 東経140度52分21.7秒 / 北緯38.274500度 東経140.872694度)が開場した。
1階は駐車場、2階にリンクや付属施設、かのおスポーツ勝山スケーティングクラブ店(スポーツ用品店)があった。全天候型で、年間を通してスケートを行うことが可能であった。
開場当初から、当リンク所属のアイスホッケーチームとフィギュアスケートのクラブが発足した。しかし利用者数は、開場間もない1980年(昭和55年)に約18万人/年でピークとなったが、2000年代後半は4-5万人/年で推移するほど落ち込んだ[4][5]。
出身有名人
当リンクをホームリンクとしていた時期がある冬季オリンピックフィギュアスケート日本代表は以下の通り。
| 開催年 | 出場者 | 種目 | 結果 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 氏名 | 生年月日 | 出身 | |||
| 1994年 | 及川史弘[6] | 1973年8月26日 | 宮城県 | 男子S | 22位 |
| 1998年 | 荒井万里絵[7] | 1981年12月7日 | ペア | 20位 | |
| 荒川静香 | 1981年12月29日 | 女子S | 13位 | ||
| 2006年 | 金メダル | ||||
| 2014年 | 羽生結弦 | 1994年12月7日 | 男子S | 金メダル | |
| 2018年 | 金メダル | ||||
他に、日本人初のNHL選手である福藤豊が高校生時代に通っていたことが知られており、トリノオリンピック後には、中野友加里、鈴木潤ら著名なスケーターが何人も滑りに来ていた[5]。その他、仙台放送『スポルたん!LIVE』の二代目アシスタントで、女子大生プロアイススケーターとしても活躍した新海史子[※ 5]も当クラブに所属していた。
規格
- メインリンク:56m×26m(国際規格)
- ジュニアリンク:不明