北川豊秀 From Wikipedia, the free encyclopedia 北川 豊秀(きたがわ とよひで、生没年不詳)とは、江戸時代末期の大坂の浮世絵師。 師系・経歴不明、大坂の人。一信亭、一流亭と号す。作画期は天保9年(1882年)から天保14年の頃にかけてで、役者絵を残す[1]。 作品 「早ノ勘平・市川森之助」 大判錦絵 池田文庫所蔵 ※天保9年1 - 2月頃、大坂若太夫芝居『義士の書添』より 「けいせゐ阿古屋・市川團蔵」 同上 ※天保10年11月、大坂角の芝居『檀浦兜軍記』より 「服部金五郎・片岡我童」 同上 ※天保12年1月、大坂中の芝居『けいせい柳桜』より 「白井権八・尾上菊五郎」 同上 ※天保12年3月、角の芝居『梅初春五十三駅』より 「千鳥冠者義広・片岡我童」 同上 ※天保12年9月、角の芝居『契情挟妻櫛』より 脚注 ↑ 以上『上方絵一覧』398 - 400頁と『浮世絵大事典』169頁に拠る。 参考文献 黒田源次 『上方絵一覧』 佐藤章太郎商店、1929年 ※398 - 400頁。国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。 国際浮世絵学会編 『浮世絵大事典』 東京堂出版 2008年 ※169頁 Related Articles