北房ぶり市
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呰部は、近畿と九州、山陰と山陽という東西・南北の交通が交差し、かつて北部吉備の要衝として栄えていた。旧正月前の12月25日(旧暦)[3]には、山間部のごちそうだったブリや正月用品などを売る歳市が立って賑わったとされ、1700年に陣屋の代官が書いたとされる市開催許可状の古文書が残っている[4]。
その後、備中松山藩主であった石川総慶が1744年3月、伊勢亀山藩に移封された際、石高を合わせるために北房を中心とした近郷13ケ村1万石が伊勢亀山藩の飛び領地となり、中津井に陣屋を置いた。そして領内繁栄のためにとぶり市を奨励し、繁盛するようになった[5]。山里で魚を食べることが少なかったこともあり、正月だけはぶりを食べようと多くの人が繰り出し、米一俵の価格のぶりが2,3千本売れたといわれる[6][7]。また、「ぶり市の風にあたると運が良い、風邪をひかない」と言い伝えられ、今も続いている[6]。
以後250年近く、ぶり市は開かれてきたが、1988年に呰部商店街が町おこしとしてイベント化し、代官による許可状伝達式を開催するようになった[4]。
2000年には、開市300周年の記念行事が行われた[8]。
2004年、「ふるさとづくり2004」(全国58新聞社、財団法人地域活性化センター主催)で、第8回ふるさとイベント大賞部門賞(産業・観光部門)を受賞した。全国から応募された164イベントの中で、「一日三万人もの人でにぎわっており、地場産業振興や観光客誘致に寄与している」と評価された[2]。