山陽新聞
日本の岡山県の地方紙
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山陽新聞(さんようしんぶん)は、岡山県岡山市北区に本社を置く株式会社山陽新聞社(さんようしんぶんしゃ)が発行する新聞(地方紙)。
| 山陽新聞 THE SANYO SHIMBUN | |
|---|---|
| 種類 | 日刊紙 |
| サイズ | ブランケット判 |
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| 事業者 |
(山陽新報社→) (株式会社合同新聞社→) 株式会社山陽新聞社 |
| 本社 |
(岡山県岡山市東中山下40→) (岡山県岡山市下之町77→) (岡山県岡山市柳町2-1-23→) 岡山県岡山市北区柳町2-1-1 |
| 代表者 | 松田正己(代表取締役社長) |
| 創刊 | 1948年(昭和23年)5月1日 |
| 前身 |
山陽新報 (1879年1月4日 - 1936年) 中国民報 (1892年7月30日 - 1936年) 合同新聞 (1936年 - 1948年4月30日) |
| 言語 | 日本語 |
| 価格 |
1部 180円 月極 【紙版】3,900円 【紙版+電子版】3,900円 【電子版のみ】3,600円 |
| 発行数 | 【紙版】25万6647部(2025年1月現在) |
| ウェブサイト | https://www.sanyonews.jp/ |
| 株式会社 山陽新聞社 THE SANYO SHIMBUN | |
| 本社所在地 |
〒700-8634 岡山県岡山市北区柳町二丁目1番1号 |
| 設立 |
1879年 (山陽新報社として設立) |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 資本金 | 1億4850万円(2023年) |
| 売上高 | 115億円(2023年11月現在) |
| 従業員数 | 371人(2025年4月末現在) |
| 主要株主 |
佐々木勝美(取締役会長) 大王製紙 天満屋 中国銀行 |
| 主要子会社 | #山陽新聞グループを参照。 |
| 外部リンク | https://c.sanyonews.jp/ |
| 特記事項: 1936年12月1日に山陽新報社から合同新聞社へ商号変更。1948年5月1日に合同新聞社から株式会社山陽新聞社へ商号変更。 | |
| 山陽新聞本社ビル | |
|---|---|
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| 施設情報 | |
| 所在地 | 岡山県岡山市北区柳町2丁目1番1号 |
| 座標 | 北緯34度39分29.4秒 東経133度55分11.1秒 |
| 状態 | 完成 |
| 建設期間 | 2004年~2006年 |
| 用途 | 複合施設 |
| 地上高 | |
| 最頂部 | 118m |
| 最上階 | 108m |
| 各種諸元 | |
| 階数 | 20階 |
| 延床面積 | 22,981 m² |
| 関連企業 | |
| 設計 | 日建設計 |
| 施工 | 鹿島建設・大本組・荒木組共同企業体 |
| 所有者 | 山陽新聞社 |
概要
岡山県を中心として隣接する広島県の東部地域[注釈 1]、および香川県坂出市、直島町を主要な配達エリアとする朝刊単独紙である。2025年1月時点の発行部数は朝刊256,600部[1]で、岡山県内のシェアは2023年時点で約68.2パーセントである[2]。
岡山県では全国紙が夕刊を発行しておらず、(一般紙では)岡山県にて宅配で読める唯一の夕刊となっていた[注釈 2]が、2020年10月1日付の朝刊で同年11月末で夕刊を休刊するとの社告を掲載するとともに、同年12月から朝刊紙面と会員制電子版「山陽新聞デジタル」の刷新も合わせて発表した[3]。
前身の2紙は、明治期に東京で発行されていた有力紙の系譜を受け継いでいた。山陽新報が朝野新聞、中国民報が二六新報の流れに属する。ただし、二六新報は発禁や停刊を繰り返した末に近代日本の新聞業界でも有数の汚れたイメージのブランドとなってしまい、山陽新聞社は二六の系譜については一切引き継いでいないものとしている。しかし、山陽新聞社と日本経済新聞社の間に縁ができるにあたって、二六の存在は重要な意味を持った。
2011年11月30日に直島町を除く香川県で発行・販売が廃止された[注釈 3]。日本のブロック紙・地方紙で発行所以外の県での発行が廃止されるのは、2009年3月31日に福岡県の西日本新聞が山口県での発行・販売を廃止して以来2年7か月ぶりとなる。また香川県内の支局も発行廃止と同時に廃止となり、高松市にある高松支社は「高松支局」に名称変更された。
年会費会員費無料の読者クラブとして、さん太クラブがある(さん太は山陽新聞のイメージキャラクター[4])。
現代表取締役会長の佐々木勝美が筆頭株主で約18万株を保有し、以下大王製紙(約3万株)、天満屋(約3万株)、中国銀行(約3万株)が大株主となっている。
社是
一.国民によき精神的糧を提供し生活、文化の向上を期する
一.民主的日本の確立を期する
一.国際平和に貢献し人類の幸福増進を期する
綱領
自由と正義を信条とし、報道の真実と主張の公正をもって、健全な世論の構成と文化の向上に寄与する
紙面構成
- 1面コラムの名称は「滴一滴」。その左横には天気予報欄がレイアウトされており、県内・全国主要都市の天気予報と天気図・概況が掲載されている。
- 社説は2面右上に掲載されている。
- 最後の面には、4コマ漫画の「カりンさん」(しもん・まさゆき作)が掲載している。
番組欄
岡山版
- 最終面掲載
- フルサイズ - NHK Eテレ 2(岡山局)、NHKテレビ 1(同左)、RSKテレビ 6、OHKテレビ 8、TSCテレビせとうち 7、西日本テレビ 4、瀬戸内海テレビ 5
- ハーフサイズ - NHK BS ①、NHK BSプレミアム4K①
- 中面掲載
- 隣接県テレビ - サンテレビ 3
- BS - BS日テレ ④、BS朝日 ⑤、BS-TBS ⑥、BSテレ東 ⑦、BSフジ ⑧、WOWOWライブ ⑨、WOWOWシネマ ⑨、WOWOWプライム ⑨、BS11イレブン ⑪、BS12トゥエルビ ⑫、BSよしもと265、放送大学テレビ231、J SPORTS 1-4、日本映画専門チャンネル、釣りビジョン、アニマックス
- CS - GAORA SPORTS、スカイA、日テレジータス、フジテレビONE、ファミリー劇場、時代劇専門チャンネル、映画・チャンネルNECO、アニマルプラネット、ゴルフネットワーク、ヒストリーチャンネル、ザ・シネマ、ディスカバリーチャンネル、CNNj
- AMラジオ - RSK(以前は番組表の下段に、当日の山陽新聞ニュースの放送予定時刻が掲載されていたが、現在は廃止されている)、RNC、RCC、NHK AM、ABC、MBS(Mラジとは表記されない)、関西 (※いずれの局もFM補完放送の周波数は掲載されていない)
- FMラジオ -FM岡山、NHK FM
- 短波ラジオ - NIKKEI
- ケーブルテレビ - oniチャンネル(※他のケーブルテレビの番組表は、各地域面にも掲載されなくなった。)
- コミュニティFM - レディオモモ、FMくらしき、FMゆめウェーブ
広島版
番組欄に関する備考
- 新聞休刊日前日の紙面では休刊日当日分も載せるため、最終面掲載分も中面掲載に変更されている。
- かつて、岡山版のテレビ番組表では、西日本放送以外の各局はおススメ番組を薄い青色で塗り囲む形で表示されていた。
- 高松市に本社・演奏所を置くテレビ局のうち、瀬戸内海放送は岡山本社の代表電話番号を掲載しているが、西日本放送は高松本社の代表電話番号が掲載されている。
- かつて発行されていた香川版は岡山版と全く同一のテレビ番組表が掲載されていたため、NHK総合の番組表も高松放送局に差し替えられず、岡山放送局の番組表がそのまま掲載されていた。
- 広島版の地方面にはテレビ愛媛、南海テレビの番組表が掲載されている。
- 西日本放送はテレビ局については岡山県の金甲山送信所を高松本局扱いとしている。ただし、かつてはアナログチャンネル表記について西日本放送は他局同様に金甲山送信所は「岡山局」、前田山中継局は「高松局」扱いで掲載されていた。
地方版
岡山版
(主として平日の翌日紙面の場合)
- 全県版(岡山県内ニュース)
- エリア広域(広島県東部地方も含めたニュース)
- 作州(美作地域ニュース)
- 備中(備中地域ニュース)
- 備前(備前地域ニュース)
- 都市圏(主に岡山市内・倉敷市内ニュース)
配布地域ごとに紙面を切り替えることはなくなった。 上記のほかに「地方経済」面が2面設けられている。
広島版
歴史
- 1879年(明治12年):1月4日に西尾吉太郎が弱冠20歳で起業、『山陽新報』を創刊。初代主筆に東京府東京市(現・東京都区部)で朝野新聞記者の経験を持っていた岡山県人の小松原英太郎を迎える。小松原も当時26歳だった。→「朝野新聞 § 在籍した記者」、および「小松原英太郎 § 新聞記者として」も参照
- 1885年(明治18年):地方紙として初の夕刊を発行。全国紙を見ても2番目の発行だった。
- 1892年(明治25年):7月30日、坂本金弥によって『中国民報』が創刊。坂本も27歳の若さで新聞社のオーナーとなった。→「坂本金弥 § 新聞発行者として」も参照
- 1893年(明治26年):やはり岡山県人の秋山定輔が東京で二六新報を創刊。
- 1900年(明治33年):坂本が一時休刊に追い込まれていた二六新報の支援に乗り出し、復刊を果たす。
- 1936年(昭和11年):山陽新報と中国民報が合併、『山陽中国合同新聞』を発行。
- 1937年(昭和12年):題号を『合同新聞』に改める。
- 1940年(昭和15年):二六新報、日刊工業新聞と強制合併させられ廃刊。→詳細は「二六新報 § 歴史」、および「日刊工業新聞 § 歴史」を参照
- 1941年(昭和15年):戦時報道統制により、県内各紙を吸収合併、一県一紙の体制確立。
- 1945年(昭和20年):6月29日、岡山空襲で全施設を焼失。疎開工場でタブロイド判を発行。
- 1948年(昭和23年):創刊70周年を記念して『山陽新聞』と改題[5]。社名も山陽新聞社に改める。また財団法人山陽新聞社会事業団発足。
- 1960年(昭和35年):「がん・シリーズ」が新聞協会賞受賞。
- 1966年(昭和41年):「心身障害児に愛の手を」のキャンペーンで2度目の新聞協会賞を受賞。
- 1968年(昭和43年):山陽時事問題懇談会を創設。
- 1969年(昭和44年):朝刊発行部数30万部を突破。
- 1979年(昭和54年):「瀬戸内2001大博覧会」(93日間)が開幕。紙面でも全面的にバックアップ。
- 1980年(昭和55年):創刊100周年記念として「岡山県大百科事典」を刊行。
- 1981年(昭和56年):連載企画「あすの障害者福祉」が新聞協会賞受賞(3度目)。
- 1982年(昭和57年):新聞製作センターが完成、オフセット印刷開始。
- 1985年(昭和60年):テレビ東京系列局で唯一本社系列グループのテレビせとうちが開局。
- 1986年(昭和61年):CTS(電算製作方式)に全面移行、鉛活字なくなる。
- 1987年(昭和62年):連載企画「ドキュメント瀬戸大橋」が新聞協会賞受賞(4度目)。企画は翌年、土木学会賞の著作部門・特別賞にも選出された。
- 1988年(昭和63年):「瀬戸大橋架橋記念博覧会」開催(165日間)。
- 1989年(昭和64年/平成元年):コンピュータによる新聞製作システム「サンシャイン」始動。
- 1990年(平成2年):倉敷に印刷センター完成、分散印刷を開始。
- 1995年(平成7年):「幸福(しあわせ)のかたち-福祉県・岡山を問う」が新聞協会賞受賞(5度目)[6]。
- 1996年(平成8年):カラー12箇面・40頁体制に移行。
- 1997年(平成9年):「備前焼千年の伝統美展」をフランスセーブル市の国立陶磁器美術館で開催。同年6月、財団法人山陽新聞社会事業団が社会福祉法人に移行[7]。
- 1998年(平成10年):編集局読者センターを開設。
- 1999年(平成11年):創刊120周年
- 2001年(平成13年):「山陽子ども新聞」第一号発行。
- 2001年:新聞製作システム「サンシャイン(SUNSHINE)III」稼動。
- 2002年(平成14年):夕刊の題字を変え新紙面に移行。
- 2006年(平成18年):岡山市柳町二丁目の旧本社ビル跡地に新本社ビル竣工。
- 2007年(平成19年):NIE全国大会岡山大会を開催。
- 2008年(平成20年)
- 10月14日:倉敷支社が倉敷本社に昇格。
- 12月15日:新聞制作センターにあった編集局などが本社ビルに移転。
- 2011年(平成23年)
- 2014年(平成26年)6月1日:山陽新聞WEBNEWSをリニューアルして会員制の「山陽新聞デジタル」を開始し、電子版へ進出した。
- 2018年(平成30年):早島町で新印刷工場「さん太新聞館」が本格稼働。
- 2020年(令和2年)
- 2022年(令和4年):8月21日付で紙齢50,000号を迎えた。
社史関連
- 1954年11月:山陽新聞七十五年史を発行(山陽新聞社史編纂委員会・編、466ページ)。
- 1964年4月:山陽新聞八十五年史を発行(山陽新聞社史編集委員会・編、363ページ)。
- 1969年2月:山陽新聞九十年史を発行(山陽新聞社史編集委員会・編、411ページ)。
- 1979年3月:山陽新聞百年史を発行(山陽新聞百年史編集委員会・編、600ページ)。
- 1989年3月:山陽新聞百十年史を発行(山陽新聞百十年史編集委員会・編、756ページ)。
- 1999年4月:山陽新聞百二十年史を発行(山陽新聞百二十年史編集委員会・編、944ページ)。
- 2009年5月:山陽新聞百三十年史を発行(山陽新聞百三十年史編集委員会・編、454ページ)。
- 2019年5月:山陽新聞百四十年史を発行(山陽新聞百四十年史編集委員会・編、442ページ)。
事業所所在地
山陽新聞グループ
詳細は、山陽新聞社公式サイトを参照。
過去のグループ会社
- 山陽休暇村(閉業)
- 株式会社おかやま財界(2014年3月20日号で休刊)
- 山陽新聞玉野販売株式会社(現在は山陽新聞倉敷販売株式会社の玉野支社)
主な出資会社
- RSKホールディングス株式会社 (第2位の株主(7.45%)。筆頭株主は岡山県(10.00%)。)
- 株式会社エフエムくらしき
- 玉島テレビ放送株式会社[11]
- 中国・四国マルチメディア放送株式会社[12]