北曲
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南曲が五音音階であるのに対して、北曲は七音音階である[1]。
燕南芝庵『唱論』には宮調として6宮11調の名があげられているが、このすべてが北曲で用いられたわけではない。実際には元雑劇では9つの宮調(黄鐘宮、正宮、中呂宮、仙呂宮、南呂宮、双調、商調、越調、大石調)のみが使われた[2]。名称が「宮」で終わる5つの宮調は西洋風にいうとドを主音とし、「調」で終わる4つの宮調はレを主音とした[3]。散曲では小石調・商角調・般渉調の3調が加わって12宮調となる[4]。
弦楽器によって伴奏されたために「絃索調」と呼ぶとする説があるが、楊蔭瀏によるとこれは誤りであり、実際の伴奏楽器には笛・板・鼓・鑼を含み、中でも笛が重要な役割を果たしていた[5]。孫玄齢によるとこれは雑劇の場合であり、散曲では箏や琵琶などの弦楽器も使われたという[6]。