千之赫子

日本の女優(1934−1985) From Wikipedia, the free encyclopedia

千之 赫子(ちの かくこ、1934年2月9日 - 1985年6月18日)は日本女優。元宝塚歌劇団所属。本名は若和田 光子(わかわだ みつこ)。結婚前の旧姓は長尾。夫は東千代之介

本名 若和田光子(旧姓・長尾)
生年月日 (1934-02-09) 1934年2月9日
没年月日 (1985-06-18) 1985年6月18日(51歳没)
概要 ちの かくこ 千之 赫子, 本名 ...
ちの かくこ
千之 赫子
本名 若和田光子(旧姓・長尾)
生年月日 (1934-02-09) 1934年2月9日
没年月日 (1985-06-18) 1985年6月18日(51歳没)
出生地 京都府京都市伏見区新町
職業 女優
配偶者 東千代之介
著名な家族 若菜孝史(長男)
所属劇団 宝塚歌劇団花組
受賞
映画製作者協会新人賞「蟻の街のマリア」
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概要

  • 1934年、煙草元売業の長尾一郎・安子の長女として京都府京都市伏見区新町に生まれる。
  • 1940年、京都市立伏見板橋小学校入学。
  • 1946年、京都市立伏見板橋小学校卒業。
  • 1949年、東山女子中学校(廃校)を経て東山女子高等学校(廃校)に入学。
  • 1950年、高校を中退し、宝塚音楽学校に入学。
  • 1952年、宝塚歌劇団に入団(39期)。同期生に朝丘雪路眞帆志ぶきらがいる。同年、「アメリカーナ/春の踊り」で初舞台。宝塚入団時の成績は31人中16位[1]
  • 1958年8月30日[1]、宝塚歌劇団を退団。最終出演公演の演目[1]は花組公演「舞踊一代/三つのワルツ」。映画蟻の街のマリア」に主演。以後女優として活動。
  • 1958年12月、歌舞伎座プロと契約。
  • 1959年8月、歌舞伎座プロが解散。以後フリーとなり、主に松竹映画(「愛と希望の街」等)に出演。
  • 1965年11月30日、日本舞踊家・俳優東千代之介見合い結婚
  • 1966年、映画「男の顔は切り札」で千代之介と共演。
  • 1967年、映画「銀の長靴(ブーツ)」に出演。この出演を最後に映画界を引退。以後活動の中心をテレビドラマに移す。
  • 1968年、長男(俳優若菜孝史)を出産。その後長女を儲ける。
  • 1980年 - 1981年、3年B組金八先生第2シリーズに出演。加藤優(直江喜一)の母・正枝を演じる。
  • 1985年、持病の喘息が悪化。慢性呼吸不全のため51歳で死去した。

エピソード

  • 主演映画「蟻の街のマリア」は、隅田川畔のバタヤ部落で奉仕活動に従事していたカトリック信者の女性が、次第に胸を患い、ついに病没したという実話を元に製作された作品。赫子は映画初出演の新人ながら、この悲劇のヒロインを熱演して、1958年度製作者協会新人賞を受賞した。
  • 宝塚歌劇団出身の元タカラジェンヌながら、退団後は主に看護婦、女性教師、芸者、主婦など、市井に慎ましく暮らす庶民的な女性を多く演じた。「3年B組金八先生」第2シリーズにおいては、多額の借金を背負い、日々パートで生計を立て、校内暴力で問題を起こす息子の加藤優(演:直江喜一)を必死で育てる母・正枝を演じた。中でも優が友人数名と転校前の中学校に殴りこみ、過去の非を校長に詫びさせたあと、学校側の通報で駆けつけた警視庁の機動隊隊員に取り押さえられて連行されるという場面(同シリーズ第24回)では、優が乗せられた護送車を1人最後まで追いかけるというシーンを演じた。この場面は同シリーズのクライマックスシーンであった。
  • 日本舞踊若菜流家元である夫・千代之介の活動を陰で支えた。夫による追悼文集『夢』(私家版、1986年9月)がある。

出演作品

主な映画

主なテレビドラマ

ほか多数

脚注

関連項目

外部リンク

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