千住神社
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| 千住神社 | |
|---|---|
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拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 東京都足立区千住宮元町24-1[1] |
| 位置 | 北緯35度44分50.7秒 東経139度47分46.4秒 / 北緯35.747417度 東経139.796222度座標: 北緯35度44分50.7秒 東経139度47分46.4秒 / 北緯35.747417度 東経139.796222度 |
| 主祭神 | 宇迦之御魂命、須佐之男命[1] |
| 社格等 | 旧郷社[1] |
| 創建 | 延長4年[1] |
| 例祭 | 9月第2土曜・日曜[1] |
| 地図 | |
千住(千寿)に集落が形成され始めた延長4年(926年)、土地鎮護と五穀豊穣を祈り、伏見稲荷より分霊を勧請し千崎稲荷神社が創建されたと伝える。永承6年(1051年)、源義家は奥州征伐の際、荒川(現千住大橋付近)を渡り、二ツ森(現 千住神社)に陣営し、戦勝祈願をしたと古記録に記載されている[2]。弘安2年(1279年)、武蔵国一ノ宮氷川神社より分霊を勧請し氷川神社を創立。鎌倉時代より江戸時代にかけて、ここを二ツ森と言っており、旧考録には代々の将軍が二ツ森で鷹狩りを行ったと記録されている。寛永年間に至り、千住が日光街道の第一宿となり、その西方にあることから西の森とも言われた。
明治5年11月18日(1872年12月18日)、両社は村社と定められ、翌明治6年(1873年)6月 千崎稲荷神社と氷川神社を合祀して西森神社と名を改めた。明治7年(1874年)7月、区内唯一の郷社と定められる。大正4年(1915年)12月15日、千住神社と改めた。大正12年(1923年)浅間神社を勧請、富士塚を建立した。昭和20年(1945年)4月13日 空襲で社殿を焼失。昭和33年(1958年)9月、社殿が再建された[3]。
