北千住駅

From Wikipedia, the free encyclopedia

所属事業者
北千住駅
駅舎西口(2016年8月16日撮影)
きたせんじゅ
Kita-Senju
所在地 東京都足立区
所属事業者
テンプレートを表示
東口(2016年8月)

北千住駅(きたせんじゅえき)は、東京都足立区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)・東武鉄道首都圏新都市鉄道

4社5路線が乗り入れるターミナル駅であり、JR常磐線特急日比谷線伊勢崎線THライナー以外の全ての旅客列車が停車する。各線相互間の乗換客も多く、1日あたりの乗降人員数(2024年度)は約144万人と国内6位で、横浜駅に次ぐ[注 1] 。これはJRの特急列車が停車しない駅においては最多となる。

JR東日本、東武鉄道・東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレスの駅は千住旭町に、東京メトロ千代田線の駅は千住二丁目に、それぞれ所在する。

千住宿江戸時代から日光街道宿場町として発展した。「北千住」という名称は、千住のうち隅田川北側に位置する北組・中組を捉えた呼び名であり、行政地名としては存在しない。駅周辺は足立区屈指の繁華街であり、百貨店はないものの丸井ルミネなどの大型商業施設や、下町情緒が残る商店街が多数集積している。2000年(平成12年)以降は駅周辺の再開発が進み、大型商業施設と東口には東京電機大学などの大学が駅徒歩圏内に新設され、駅前広場も整備された。また、その交通利便性の高さから超高層ビルやタワーマンションなどが次々と建設されている。穴場だと思う街ランキングでは7年連続で1位を記録している[1]。 日本人からの人気が高まる一方でコロナ禍後は、インバウンド需要の高まりから外国人観光客も多く訪れている。新旧混じり合う街の景観、せんべろで知られる飲み屋横丁、リノベーションされたオシャレなカフェやレストランなどは日本人、外国人問わず人気を呼んでいる。

乗り入れ路線

東京メトロは日比谷線と千代田線の2路線が乗り入れている。日比谷線は当駅を経由して東武スカイツリーラインと直通運転を行っており、千代田線は常磐線(各駅停車)小田急線との3社直通運転を行っている。また東武スカイツリーラインは日比谷線以外にも、押上駅渋谷駅を経由し、東京メトロ半蔵門線および東急田園都市線との直通運転も行っている。

歴史

北千住駅前における、北千住駅の駅弁店の葬列(1932年6月)
北千住駅周辺の白黒空中写真(1963年6月26日撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

当駅は1896年(明治29年)12月25日に、日本鉄道土浦線の駅として開業した。3年後の1899年(明治32年)8月27日に、東武鉄道初の路線となる伊勢崎線が当駅 - 久喜駅間で開業し、乗換駅となった。日本鉄道は1906年(明治39年)11月1日に国有化され、1909年(明治42年)に常磐線に改称された。

この後、接続路線は60年以上に渡ってこの2路線であり、双方とも1面2線の島式ホームを有し、常磐線と東武伊勢崎線の間に貨物ヤードが広がっていた。それぞれのホームは北側の跨線橋と南側の地下道で連絡し、地下道の両端に駅舎が設けられていた[3]。常磐線のターミナル駅上野駅、東武伊勢崎線のターミナル駅は浅草駅であり、当駅の乗車人員はこれらの駅よりも少ない状態が続いていた。

当駅は駅舎を挟んで東西に街が分断されている状態だったが、1960年代になって当駅は大きな転換期を迎える。日比谷線との相互直通運転に向けて施工ヤードを確保するために、1960年(昭和35年)から東武線の貨物ヤードを中千住信号所に移転した。1962年(昭和37年)1月15日に常磐線と東武線の駅がそれぞれが橋上駅舎になり、それまで使用していた地下道は足立区に移管された。同年5月31日に営団地下鉄日比谷線の駅が開業し、当駅を介して東武伊勢崎線との直通運転を開始した。日比谷線の開業当初、東武伊勢崎線との共用ホームは幅員7.8メートルの島式ホームを並列に設けた構造であり、外側2線を東武伊勢崎線、内側2線を日比谷線が使用することで同一方面の対面乗り換えを可能とした[4]。これにより東武伊勢崎線の乗車人員が大幅に増加し、伊勢崎線のターミナル駅としての座を不動のものにした。さらに、1969年(昭和44年)12月20日に営団地下鉄千代田線の駅が開業し、当駅は4路線が乗り入れる駅となった。

地下鉄2路線が乗り入れたことによって都心部への利便性が大幅に向上した反面、乗車人員が急増して山手線の主要駅と肩を並べる規模になり、ラッシュ時は乗換客でホームがあふれかえるようになった。特に東武伊勢崎線と営団地下鉄日比谷線のホームは、日比谷線の始発待機列と乗換客で動線が干渉し、ホーム上で身動きが取れなくなるほど混雑することもあった。1971年(昭和46年)5月31日から日比谷線の全列車が8両編成に統一されたが、輸送人員の増加により1975年度(昭和50年度)以降は日比谷線の混雑率が220%台で高止まりとなった。日比谷線のバイパス路線として建設された千代田線も、直通先の常磐緩行線が東葛地域の通勤輸送を一手に引き受け、1979年度(昭和54年度)に混雑率が230%を超えた。

日比谷線は1980年度(昭和55年度)のダイヤ改正で朝ラッシュ時に毎時27本が運転されるダイヤになったが、当時はこれ以上の輸送力増強が不可能な状態であり、ホームを拡幅するだけでは乗換客を捌けないほどの状況になった。当時は営団地下鉄千代田線との連絡通路も北側の1箇所のみであり、多大な乗換客に対してハード面が整備されていなかったことも混雑に拍車をかけた。このような状況下でも乗車人員の増加に歯止めがかからず、運輸大臣が朝ラッシュ時の視察に訪れるほど深刻な混雑に見舞われた。

東武鉄道は日比谷線との乗換客を減らす苦肉の策として、1988年(昭和63年)に浅草う回乗車制度を、1990年(平成2年)に押上う回乗車制度を導入した。ハード面でも抜本的な混雑緩和を図るために、1992年(平成4年)から総工事費約510億円をかけて大規模改良工事が施工された[報道 1]。1996年(平成8年)7月23日から浅草方面系統のホームと日比谷線系統のホームが階層で分離され、営団地下鉄千代田線との連絡通路も南側に新設された[5][5][6]。さらに2003年(平成15年)に営団地下鉄半蔵門線との直通運転を開始し、それまで浅草駅発着だった東武伊勢崎線の優等列車が初めて都心に直結するようになった。

一方で、当駅周辺は密集市街地が形成されており、土地の高度利用が課題となっていた。都市機能の更新を図るべく、1987年(昭和62年)になって西口に市街地再開発事業が都市計画決定され、2004年(平成16年)2月に千住ミルディスが開業した。西口駅前交通広場にはペデストリアンデッキが設置され、駅前広場が拡張されたことにより、交通結節点としての機能性が高まった。また、2005年(平成17年)8月24日に首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線の駅が開業したことにより、当駅は5路線が乗り入れる駅となった。

2008年(平成20年)になって、それまで開発が取り残されていた東口に地区計画が都市計画決定され、2012年(平成24年)に東京電機大学東京千住キャンパスが開校した。これに合わせ、当駅の東口に電大口の副名称を導入した。2013年(平成25年)には東口駅前交通広場が完成している。

年表

駅構造

利用状況

駅周辺

2012年(平成24年)に東口に隣接して東京電機大学が開設され、駅周辺は学生街として賑わう。このほかにも、西口は帝京科学大学が、東口は東京未来大学が、仲町口は東京芸術大学がそれぞれ徒歩圏内に立地している。

西口

当駅の開業時から設けられた出入口である。当駅と日光街道を結ぶ駅前通りはアーケードが整備されており、商店街となっている。2001年(平成13年)から2004年(平成16年)にかけて北千住駅西口地区第一種市街地再開発事業が実施され、ペデストリアンデッキバスターミナルが整備されている。駅前ロータリー北側は再開発ビルとして千住ミルディスが立地しており、2004年(平成16年)2月に核テナントとして北千住マルイが開業している。

西口のペデストリアンデッキ(2008年3月)
東京芸術大学 千住キャンパス
駅舎西口の商業施設群とペデストリアンデッキ

東口(電大口)

東京電機大学 東京千住キャンパス

テレビドラマ3年B組金八先生」や「親子ゲーム」で登場する荒川の堤防は、JR線ではこの北千住駅東口が最寄り駅である。当駅周辺も撮影現場として登場している。堤防にはサッカー場や野球場が複数面造られており、堤防沿いにサイクリングコースが設定されている。夏には花火大会が開催される。

2008年(平成20年)から日本たばこ産業社宅跡地に千住旭町地区地区計画が策定され、2012年(平成24年)4月に東京電機大学東京千住キャンパスが開設された。2013年(平成25年)2月に交通広場が整備され、同年3月からバス路線が乗り入れるようになった。

仲町口

2005年(平成17年)のつくばエクスプレス開業時に供用を開始した出入口であり、西口の南側に位置する。

バス路線

路線バスと高速バス、深夜急行バスはいずれも西口のバスターミナル発着である。都営バス東武バスセントラル新日本観光自動車の路線が乗り入れている。

1番 - 4番のりばはバスターミナル内、5番乗場は千住ミルディス(マルイ)脇、6番のりばはバスターミナル向かい側千代田線2番出口前となる。なお、5番のりばは隣接する2箇所に分かれているため、便宜上"a" "b"で区別した。

現在の形態になる前は、2番 - 4番のりばが駅前通り(きたロード1010)の南側歩道上から発車していた。また、同じく駅前通り(きたロード1010)の北側歩道上には降車専用の看板が設けられていた。

この他、2013年に完成した東口(電大口)の交通広場にはかつて京成バス北千01・北千02系統が乗り入れていたが、2024年3月に廃止されて以降は発着路線がない。

のりば運行事業者停留所名系統・行先備考
1 都営バス 北千住駅前 北47竹の塚駅前・足立清掃工場前・足立区役所・千住車庫前  
2 東武バスセントラル 北千住駅
 
3 都営バス 北千住駅前  
4 東武バスセントラル 北千住駅
  • 北02北03:西新井大師
  • 北04:西新井駅
  • 北05:東京女子医大足立医療センター
  • 北11:文教大学(東京あだちキャンパス)
  • 北12六町駅
 
リムジンバス羽田空港  
5a 新日本観光自動車 北千住駅西口 はるかぜ5号(千01):北千住駅西口循環  
5b  
6 はるかぜ5号(鹿02)鹿浜五丁目団地  

その他

  • 2015年(平成27年)7月には、千代田線ホームの駅名標を交換した際、製作側のミスで駅名を「北住」と誤表記するミスがあった。 東京メトロは応急的に「千」のシールを該当部分に貼って対応、翌月中に正しい表記のものに更新されている[新聞 8]
  • 駅の南側にJR常磐線の北千住一丁目踏切[注 8]と東武伊勢崎線の第22番踏切が並んでいる。これらの踏切はいわゆる開かずの踏切となっており、あわせて大踏切と呼ばれることがある[注 9]
  • あいみょんの楽曲「ハルノヒ」の歌い出しに「北千住駅のプラットホーム」という歌詞がある。これは、タイアップしている『クレヨンしんちゃん』の登場人物である野原ひろしがプロポーズをした場所のため[48]

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
JJ 常磐線(快速)
特別快速
日暮里駅 (JJ 02) - 北千住駅 (JJ 05) - 松戸駅 (JJ 06)
快速
南千住駅 (JJ 04) - 北千住駅 (JJ 05) - 松戸駅 (JJ 06)
※線路名称上の常磐線としての当駅の隣の駅は南千住駅と綾瀬駅であるが、双方の駅に停車する列車は存在しない。
東京地下鉄(東京メトロ)
C 千代田線
ロマンスカー以外の列車種別(千代田線内は各駅に停車)
町屋駅 (C 17) - 北千住駅 (C 18) - 綾瀬駅 (C 19)
H 日比谷線
南千住駅 (H 21) - 北千住駅 (H 22・TS 09) - 小菅駅(東武スカイツリーライン・TS 10)
THライナーは乗務員交代のため運転停車を行う。
東武鉄道
TS 東武スカイツリーライン(伊勢崎線)
急行・準急
曳舟駅 (TS 04) - 北千住駅 (TS 09) - 西新井駅 (TS 13)
区間急行・区間準急(牛田側は当駅から各駅に停車)
牛田駅 (TS 08) - 北千住駅 (TS 09) - 西新井駅 (TS 13)
普通(以下の2通り)
  • 牛田駅 (TS 08) - 北千住駅 (TS 09)
  • (東京メトロ日比谷線) - 北千住駅 (TS 09) - 小菅駅 (TS 10)
牛田駅方面の次駅は1953年(昭和28年)までは中千住駅であった。
首都圏新都市鉄道
TX つくばエクスプレス(全種別とも秋葉原方面は当駅からは各駅に停車)
快速・区間快速(区間快速は平日朝ラッシュ時間帯の上り以外の列車)
南千住駅 (TX04) - 北千住駅 (TX05) - 八潮駅 (TX08)
区間快速(平日朝ラッシュ時間帯の上り列車)・通勤快速(平日下りのみ運転)
南千住駅 (TX04) - 北千住駅 (TX05) - 六町駅 (TX07)
普通
南千住駅 (TX04) - 北千住駅 (TX05) - 青井駅 (TX06)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI