千保川

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延長 18[1] km
平均流量 --- m3/s
千保川
千保川 2008年11月17日撮影
神保橋より上流方向(高岡市内免付近)
水系 一級水系 小矢部川
種別 一級河川
延長 18[1] km
平均流量 --- m3/s
流域面積 --- km2
水源 庄川砺波市
水源の標高 --- m
河口・合流先 小矢部川高岡市
流域 日本の旗 日本 富山県高岡市
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千保川(せんぼがわ)は、富山県高岡市を流れる一級河川小矢部川水系に属する。高岡市戸出町では「新川(しんかわ)」と呼ばれ、砺波市域では「舟戸口用水(ふなとぐちようすい)」と呼ばれている。

中流域の「千保」という地名からとられている[1]

流路

庄川の扇状地扇頂部の砺波市庄川町金屋の合口ダムから取水し[1]高岡市市街地の西側を流れ、高岡市四屋と高岡市木町の境界で小矢部川合流する[1]

歴史

1585年天正13年)の大地震で現在の庄川と千保川の流路が出来たと言われている[1]

江戸時代までは、庄川の本流として豊富な水の量を誇る河川であった。流域では、高岡市1609年(慶長14年))、戸出町1617年(元和3年))などのが作られ発達した。1654年(承応3年)、加賀藩主・前田利常瑞龍寺の地を千保川によって削られた事を受け、千保川の水を現在の庄川の本流である中田川へ移すことを命じた(松川除堤防工事[1])。しかし、庄川の左岸の地域の住民の反対により、すぐには移されなかった。

1670年(寛文10年)、加賀藩主・前田綱紀は庄川の扇状地扇頂部の弁才天(現・雄神神社)前で千保川などの各分流を中田川へ一本化するという大工事を始めることとした。これは、大変な工事であり、1714年(正徳4年)に、44年の年月をかけて、ようやく完成した。これにより、現在の千保川の流域が確定した。

昭和期には流域に工場が増え、工場排水により水が酷く汚染されていた。しかし、「千保・小矢部を守る会」の運動により、徐々に水質が改善されていった[1]

「新川」の語源

桜の名所

脚注

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